みすず書房

「いまの文学研究は、原稿至上主義である。初版と再版の二つの版があれば、文句なく初版が定本になる。たとえ、再版が作者の校閲を経ている場合でもなおそう考えられている。この考えは、原稿の段階にも及ぶ。初稿と推敲をうけた稿が併存すれば初稿の方に作者の意図がよりはっきりとあらわれているように見るのが一般的であろう」

しかし、これは本当に正しいのだろうか? テクストはいちばん初めのものが、あるいは、いちばん古いものがいいのだろうか? いわゆる古典と呼ばれるテクストは、古いがゆえに価値があるのだろうか?  『源氏物語』や『徒然草』はなぜ古典なのか? これらのテクストが書かれた当初から「古典」であったはずはない。では、一つのテクストはどのような経緯を経て、古典の地位を獲得するのか?
本書は、われわれが日頃何気なく言い慣わしている「古典」という言葉に疑問を投げかけ、その意味と成立を歴史的に明らかにした画期的な論考である。芭蕉の俳諧における推敲、T・S・エリオットやシェイクスピアにおける詩句に言及しながら、著者は古典成立のメカニズムを鮮やかに立証してゆく。『異本論』のテーマを深めることによって、本書は「外山学」の到達点ともなっている。

目次

はしがき

I 典型化の過程
湮滅/風を入れる/伯楽/伝承/ガリヴァーとアリス/日記文学/冬眠/シェイクスピアの変容/翻訳/俳句・連句/読み替え/演劇化/鑑識

II 異本化の作用
変奏/引用/読む/お気に召すまま/校正の思想/編集/慣用の意味/読者の地位/諸説紛々/選集/ヴァージョン

III 古典化の原理
排除性/批判原理/視点/解釈/遡行現象/加上の作用/抜群・改良

増補
あとがき