みすず書房

ジョン・スチュアート・ミルは、19世紀中葉、イギリスが本格的なマス・デモクラシーの時代を迎える直前に、《自由論》と《代議政治論》を著わし、政治理論家として、大衆社会のはらむ諸問題を鋭敏にとらえた。
ミルは、文明の進展とともに、マスの重要性がたえず上昇して、諸個人の重要性がたえず下降するのを見た。かくして、画一化傾向を強める社会にあって、人間が自由を享受するためには、その前提条件として二種の陶冶Cultivationが必要である、と確信するにいたる。一つは、自己規律的精神の陶冶であり、−つは、自由が幸福にとって不可欠の要素であると痛感できる精神の陶冶である。自由と陶冶は、相互依存的な価値なのである。

著者は、ミルの理論形成の跡を、豊富な新資料を駆使して刻明に追う。ベンサム主義者として出発したミルは、いわゆる〈精神の危機〉を経験し、コールリッジ、サンシモン主義の影響下に、功利主義の方法から脱却し、人間的事象への新たな認識の方法を護得する。そして、トクヴィル、コントとの交流から、デモクラシーの根源的問題に迫るのである。楽観と絶望の両極端の間にあってのみ、有意味な政治理論は成立しうるとしたミル。その実践的思考は、高度に文明化した現代にあってなお、〈自由〉が未解決の課題であるとすれば、我々に深い示唆を与えずにはおかないであろう。

[1989年2月初版発行]

目次

凡例
略記文献一覧
はじめに

第1章 若きベンサム主義者ミル
第1節 改革者としての自負心
第2節 現状の認識と批判
第3節 人間本性原理と歴史
第4節 民衆の実態と可能性

第2章 懐疑と模索
第1節 「精神の危機」
第2節 内発性の陶冶
第3節 人間本性認識の修正
第4節 道徳的改善と社会安定

第3章 視座の確立
第1節 因果的事実・価値・人間主体
第2節 非ベンサム主義的急進主義と「理論政治学」構想
第3節 功利性原理と二次的諸原理

第4章 政治理論と歴史
第1節 文明化とデモクラシー
第2節 逆演繹法と社会変化の法則
第3節 自由の科学としてのエソロジー
第4節 科学的認識と政治

第5章 自由と陶冶
第1節 自由と自由原理
第2節 自由な統治と政治的義務

あとがき
索引