みすず書房

フリードリッヒ・リスト(1789-1846)は、ドイツ国民経済学の父、ドイツ関税同盟の先駆的提唱者、ドイツ鉄道網の開祖としてドイツでは大きな存在である。西ドイツではヨーロッパ統合の象徴とされてきた。自由貿易論を批判して工業保護主義を主張し、農・工・商の均衡と調和を重視するリストの経済学体系は、今日、開発途上国にとっての政策的指針であるばかりか、国民経済的バランスを犠牲にしてしまった日本のような「先進国」にとっても、深く省みるべきものをふくんでいる。

小林昇は、半世紀にわたり独自の立場からリストの全体像を刻んできた。著者はリストの長大な論説『農地制度論』のもつ意味を初めて解明した。それはドイツ農業の近代化をめざしたものであるが、そこには、農村の過剰人口をハンガリーやバルカンに移しドイツを「準帝国」に拡大しようとする構想があった。これは日本の満蒙開拓にも比すべきものといえよう。

リストのこのナチズムにつながる側面を打ち出す著者の研究は、ドイツの学会に反発をよび、東洋と西洋との間に論争を巻き起こす。そしてまた、東西両ドイツの間にもリストをめぐる緊張・対立があった。リスト研究では世界的な経済学史家である著者は、リスト生誕200年の西ドイツに2度招かれ講演と研究報告を行なった。

本書は論争の軌跡と、ドイツの研究者たちや市文書局司書などとの交流・再開を情感のこもった筆致で描いている。ここには日本人研究者としての希有な国際的学界経験がある。分断ドイツ最後の年に書かれた本書はまた、期せずして、戦後ドイツの歴史の一面を照射することにもなった。

[1990年初版発行]

目次

まえがき

フリードリッヒ・リストの国民経済学
在りし日のリスト研究者たち
日本におけるリスト研究
リストのロイトリンゲン
リストの社会科学体系
テュービンゲンでリストを語る
リスト研究の新局面——ヴェンドラー教授の新著に寄せて
リスト生誕200年の「東独」

初出と解題
人名索引