みすず書房

「われわれの眼に映るアフガニスタンは、決して美しくない。侵略や内政干渉、果てることのない内戦、過激な宗教運動と国際テロの跳梁、おびただしい数の難民、女性差別など目に余る人権侵害——アフガン紛争は、現代世界が抱えるあらゆる問題の展示場だ。……けれど、この醜悪ともいえるイメージこそ、実はわれわれ自身の姿の投影に過ぎないと知る者は、いったい何人いるのだろうか……」(「はじめに」より)

本書は、世界初公開の資料を駆使し、和平の現場から20余年にわたる国連や加盟国の試行錯誤の経緯を余すことなく描き出した、アフガニスタンにおける国連和平活動の集大成である。

アフガン紛争ほど、世界の実像を正確に映す鏡はない。紛争を通し、超大国や周辺国の独善的な政策や、国際社会の事なかれ主義が見事に炙り出された。紛争はまた、日本外交の限界と可能性をも鮮明に映し、冷戦後の世界に生きる日本と国際社会の関わりのあり様を、問うて止まない。

アジアをはじめとする国際社会との連帯が日本の生きる道であるとするなら、広く多くの日本人が、国連和平活動の実態を理解する必要性は、飛躍的に増大したのではないだろうか。

「決然たる努力なくして、平和は守れません。この本は、和平活動の全容を鮮やかに描き出しており、私たち日本人にとって、国際貢献を考えるための必読の書です」——緒方貞子氏推薦の言葉より

著者からひとこと

世界貿易センターが崩れ落ちた日、マンハッタンの中にいた。

事件を目撃したのは、通勤バスの中だった。南タワーに第二のハイジャック機が突入し、オレンジ色の巨大な炎が上がるのを、対岸のニュージャージーから他の乗客と共に唖然として眺めた。マンハッタン到着後、黒煙を上げ始めたツインタワーを横目に国連にたどり着くと、事務局ビルはすでに閉鎖されていた。職員は地下の会議室に集められ、刻々と流れる首都ワシントンもテロの攻撃下にあるとのCNN報道に、暗然と耳を傾けた。

二時間後、帰宅のためウエストサイドに戻ったが、バス停はとうに閉鎖された後であった。ハドソン川に架かる橋やトンネルも通行禁止となっており、それからの六時間を路上に新聞紙を敷いて座り、バスか電車の運行再開を待つ羽目になった。ダウンタウンの方角からは黒煙が昇り続け、抜けるような初秋の青空を暗黒に染めていった。同様に行く当てのない群衆が通りを埋め、時折F−15戦闘機が頭上を通り抜けると、空気を切り裂く音が回りに響いた。

そこに、昨日までの米国はもはや存在しなかった。目の前の光景は、時代を変える大事件の渦中に自身がいることを実感させた。そして、この光景の向こうに、アル・カイダやタリバンなど、自らが担当するアフガン紛争の影を感じ、全身があわ立った。

次の半年は、アフガン和平に追われてあわただしく過ぎた。ようやくめぐってきた和平の好機を逃さぬため、欧州やアフガニスタンの周辺諸国を駆け巡り、ボン和平合意の成立と、カブールでの暫定政権の発足に漕ぎ着けた。

和平達成の後、その経緯を世に問うべく一冊の書物『アフガニスタン』の執筆を決意した。執筆しているとき常に脳裏にあったのは、国際社会に放置されたこの「忘れられた紛争」であるアフガニスタンと、唯一の超大国である米国の運命を確かに結んだ、あの終末の世界のようなマンハッタンの光景だった。悲劇の記憶は徐々に日常の中に埋没していくけれど、歴史の歯車が回ったあの日のマンハッタンを忘れることはない。(2003年1月 川端清隆)