みすず書房

伝説の雑誌「都市住宅」創刊以来、幾世代もの建築家を啓発しつづけてきた植田実が、4年余の歳月をかけ首都圏の主だった集合住宅を訪ね歩いた。戦前に竣工のものでは同潤会(青山・清砂通・鶯谷・大塚女子)アパート、東京市営古石場住宅、銀座アパート、徳田ビル、スペイン村、西郊ロッヂング、東京女子大学東寮、ライジングサン石油社宅、戦後は都営戸山アパート、高島平団地、中銀カプセルタワービル、桜台コートビレジ、代官山ヒルサイドテラスほか全39件。

住まい手の声、住まわれた歳月を通して浮かびあがってくるのは、「集住」のさまざまなありよう、そして20世紀東京の地誌・生活史であり、さらには時間のなかで呼吸する「建築」そのものである。取材後に消え去った建物も少なくないが、写真家・鬼海弘雄によってビジュアルに記録された建築ポートレートは貴重な「東京遺産」といえる。カラー写真165点、図版総点数226点。

目次

序章 都心のモードを窓ごしに  同潤会青山アパート

〈戦前篇〉
旧東京市営古石場住宅/清澄 旧東京市営店舗向住宅/同潤会清砂通アパート/同潤会鶯谷アパート/同潤会大塚女子アパート/旧銀座アパート/銀座 旧徳田ビル/浅草寺支院二十一ヶ寺/月島長屋/谷中四軒長屋/本郷 鳳明館/神田神保町 奥野書店/九段下ビル/松岡九段ビル/飯倉片町 スペイン村/西早稲田 日本館/旧学習院昭和寮/荻窪 旧西郊ロッヂング/高井戸 浴風会/善福寺さくら町会/東京女子大学旧東寮/横浜山手 旧ラインジングサン石油住宅/横浜山下 旧ヘルムハウス

〈戦後篇〉
都営戸山アパート/都市公団 集合住宅歴史館/阿佐ヶ谷テラスハウス/公団百草団地/公団高島平団地/白鬚東地区防災拠点/王子 さくら新道/旧目白台アパート/原宿 コープオリンピア/三田綱町パークマンション/新橋 中銀カプセルタワービル/桜台コートビレジ/コーポラティブハウス千駄ヶ谷/コーポラティブハウス乃木坂/代官山ヒルサイドテラス

終章 2004年、初

著者からひとこと

「小説を読んでいるかのように引き込まれました」——若い女性の読者が早くも寄せてくれた感想は嬉しかった。

『東京人』の連載および関連記事をまとめたものだけれど、連載は、最初は1年間の予定だったのが3年間続いた。その前に同誌に書いた同潤会アパートの報告も組み込んであるので、結局は4年余にわたる執筆である。古いものでは大正期、新しいものでも1980年代はじめ完成の集合住宅を扱っているわけで、いまどきのデザイナーズ・マンションなどは枠外である。なのに3年間も連載を続けさせてくれた読者の反響は、集合住宅を完結したビルディング・タイプではなく、集まって住みつづける人々が計画・設計者の意図をこえて創り出していくものと実感してくれたからだろう。

新しい建築は、その都市に災害がもたらされたときに活気づくように造り出される。とくに集合住宅を追っていくと、そこからいやおうなく関東大震災や東京大空襲の時代があぶり出されてくる。東京オリンピックを機にまちが変貌したことの意味までそれに重なってくる。意図をこえた東京地誌の報告におのずからなったこと、東京圏という土地性や現在にいたる時代状況までもがいつのまにか浮き彫りにされていることに、本をまとめる作業を通してあらためて痛感した。

鬼海弘雄さんの写真がなんといっても決定的である。建築写真ではない。住む場所が見えてくる。連載しているときは、自分としてはよく知っているつもりの集合住宅が別の顔で写しとられているのを毎号見られるのが楽しかった。読者もそれに敏感だったにちがいない。うれしいことに、本になっても連載時に劣らぬばかりか、1冊に集結してすごい迫力。鬼海さん、ありがとう。これは建築・都市分野のみなさんにはもちろん、専門外の方たちにも読んでいただきたい「物語」である。(2004年4月 植田 実)