みすず書房

〈精神科は曖昧なことが多く、曖昧さに耐える能力が必要、とも言われる。精神科の世界に飛び込んだばかりの人には、すべてが曖昧模糊としていると感じられるだろう。特に駆け出しの頃は、考えあぐねて、何について考えているのかもわからなくなって、茫然としてしまう。気がつけばもの想いばかりが続き、五里霧中をさまよっている。
しかしそれは精神科臨床そのものの持つ本質である。その霧は何か新しいものが生まれるための母胎でもある。
霧の中にとどまり、じっと眼を凝らしてみよう。安易に妥協せず、途絶のただ中で息を詰めてみよう。その中から、「生きた言葉」が生まれてくる。かけがえのないこの「生きた言葉」によって〈私〉は臨床家になることができる〉。——「あとがき」より
日々の臨床の営みを真摯にみつめ、途絶し、弛緩し、収縮する生きた時間の経験をあらわにする、精神科医の思考の軌跡。

目次


I 精神科臨床の場所
1 途絶と沈黙の精神病理
2 記述とは何か
3 顔は倫理である
4 イロニーとユーモア
5 精神発達遅滞と身体
II 精神科臨床の時間
1 精神科臨床と時間
2 子供時代という時間
3 時間の生態
4 失調する時間
5 時間に臨む/臨・時間
あとがき

著者からひとこと

精神科医の臨床の経験はまだほとんど言葉になっていないように私は思います。「研究」や「治療」の言葉は巷間にあふれていますが、「臨床」を本当に捉える言葉はまだそれほど発見されていません。何人かの先人の功績は残されていますが、物足りません。ぴかぴかの「臨床の言葉」を探し求めて私は本書を執筆しました。これからも探しあぐねていきたいと思っています。(2007年2月)