みすず書房

ネパール西北部、チベットとの国境にほど近い標高4300mのツァルカ村。近傍の街から最短でも5日のキャラバンを要する、「桃源郷」と呼ばれた半農半牧の村だ。著者はここに、政府やNGOの組織に頼らず、3年がかりで鉄橋を架設し、村人たちの悲願をかなえた。
マオイストによる武装蜂起で政情の混乱するネパールを何度も往復し、はかどらない現地調査、目途の立たない資材輸送、膨れあがる予算に頭をかかえ、官僚機構の泥沼に足を掬われ、体調を崩しながらも、旧知のネパール人やシェルパ族の友人、日本大使など、数人の理解と協力に支えられて、かろうじて計画を遂行していく。
ヒマラヤ奥地の人と自然、内戦状態のネパール、カースト制の遺るヒンドゥー社会や、海外援助のあり方にも目を開かれる、壮大なるドキュメント。

目次

プロローグ ヒマラヤの桃源郷トルボ

第一章 進まない架橋計画
出立
バンコク経由カトマンズへ
埒のあかない打ち合わせ
日本大使との出会い
日本の建設会社を紹介される
橋の発注にこぎつける
アマール君の手助け
ジョムソン村へ飛ぶ
ふたたびナムチェ村へ

第二章 資材の空輸
目途の立たない輸送計画
日本大使の助力
「草の根無償援助資金協力」の署名式
鼻血を流しつつ資材の空輸にこぎつける

第三章 カトマンズの迷宮
入域許可をめぐる悶々たる日々
官僚機構の底なし沼へ
焦燥の日々
ブラトキさん、ビギャン君を叱咤する
ビギャン君、意気消沈
帰路のタクシーで
橋、完成の知らせが入る
ラジェンドラ君のマジック

第四章 トルボへの出発
カトマンズに銀行口座開設
ふたたびカトマンズからポカラへ
架橋工事のあらまし
支払い残額をめぐるトラブル
ジョムソン村で
一路、ツァルカ村へ
大峡谷のサングダ村へ
最大難所トゥジェラの峠越え
いよいよツァルカ村へ

第五章 変貌するツァルカ村の暮らし
現金収入が変えた生活
ツァルカ村の姻戚関係
懐かしい人たちとの再会
ツァルカ村の教育熱
幸運の神様になる
マオイストが来る

第六章 チャンチュンコーラ源流踏査
ツェリン・プルバ君の移牧地へ
移牧地での一日
未踏の山並み
未踏峰でなかったカンテガ峰
無名峰に登る
チャンチュンコーラを下る
ツァルカ村を去る
トゥジェラを越えて帰路につく
竣工式

エピローグ
あとがき

編集者からひとこと

ヒマラヤ登山から源流釣りまで、〈行動する作家〉根深誠さんの著書は、これまでで30数冊。そのなかからお薦めの4冊をご紹介しましょう。

『遥かなるチベット』(山と溪谷社および中公文庫)は、1900年から1901年にかけて、外国人としてはじめてチベットに入域した日本人僧侶、河口慧海(かわぐち・えかい)の足跡をたどって、著者が1992年にムスタン、トルボ地方をキャラバンで巡った旅行記です。
河口慧海のチベット潜入経路はそれまで謎だったのですが、慧海の『チベット旅行記』に記された「三つの湖」を手がかりに、根深さんはついに「マリユン・ラ」という峠越えのルートを突きとめます。小社刊の『ヒマラヤにかける橋』の舞台でもあるツァルカ村にも滞在し、悠久の荒野に暮らす質朴な村人たちとの交流も描かれた好著です。

『白神山地をゆく』(中公文庫)は、根深さんにとって故郷の山である白神山地の峰と谷、そして四季の自然と山人の暮らしを、愛惜をこめて描きます。なかでも秀逸なのは、「熊撃ち長さん」との狩猟同行記。「クマ、クマ」とさかんに口にする根深さんにたいして、長さんの一喝、「いい加減にせんか、品物といえ!」
根深さんは、白神山地を縦断する青秋林道の建設計画に反対運動を起こし、のちの世界遺産登録へと導いた立役者の一人です。1987年に書かれた本書は、そんな白神のブナ林保護への端緒をひらいた名著です。

『みちのく源流行』(つり人社)は、白神、八甲田、津軽山地といった東北の山々への、つれづれなる源流釣行を綴ったエッセイです。小雨そぼふる初夏の渓流。わずかな河原にテントを張り、焚き火のわきで昼から寝酒。夕まずめには釣り糸を垂れ、数尾のイワナをあぶっているうちに、焚き火の煙が夕闇がまぎれる。旅愁と情感にあふれる釣り紀行を堪能してください。

団塊の世代である根深さんが、明治大学山岳部に在籍していたのは1966年から1970年。「シゴキ」で名を馳せた明大山岳部の、いまやなつかしいバンカラな登山と日常を回想したのが『風雪の山ノート』(七つ森書館)です。部室の窓の桟に残ったゴミを見逃さず、「この気のゆるみが遭難につながる」が口癖のOB。凄みをきかせる3年生。親分さんみたいに鷹揚な4年生。山ヤにとってヒマラヤが夢だった時代の、泣き笑いの青春記です。

書評情報

小松健一(写真家)
東京新聞2007年4月29日
藤田晴央(詩人)
陸奥新報2007年4月22日