みすず書房

フロイトとならぶ精神医学のパイオニア、ピエール・ジャネ。19世紀末パリのサルペトリエール病院でシャルコーのもと、ヒステリーや解離の心理学的治療に携わり、外傷性記憶、下意識などの重要概念を提唱した。この力動精神医学の第一人者が晩年を捧げたのが、被害妄想の探究である。
被害妄想とは「他者が自分に危害を加えてくる」という妄想に苦しめられることである。このような言葉による訴えに結実する以前に、じつに多種多様な感情が患者たちの中に未分化なまま渦巻いていることにジャネは着目した。妄想の背後にあり、妄想を駆動する感情の正体とはなにか。どのような経緯をたどって感情が病的な症状となり、やがて妄想として表出するに至るのか。ジャネは豊富な臨床例をもとに、諸感情の様態を精緻に腑分けしていく。
妬みや気後れ、自己不全感など、被害妄想のもとになる感情はじつに日常的なものである。ひとが自分をどう思い、どう評価するかを不安に思い、社会との関係に苦しむ患者たちの姿は、現代の私たちと驚くべき共通性を持っている。日常的な感情が被害妄想へと展開する重層的でダイナミックな経過を鮮やかに描き出す、ジャネ晩年の精華である。

目次

第1部 影響感情
 1 初期体感異常
 2 被害妄想に共通して存在する感情
 3 影響感情、強制感情
 4 剥奪感情、奪取感情
 5 浸透感情
 6 影響感情と妄想

第2部 社会的客観化外在化
 1 精神弛緩発作
 2 空虚感情
 3 外部の人間の行為に対する感情
 4 社会的振る舞いに潜在する行為の二重性
 5 社会的表象像の識別
 6 病的主観化内在化、病的客観化外在化

第3部 影響感情の解釈・試論
 1 社会的活動の二重性
 2 強制感情
 3 入れ替わり感情、浸透感情
 4 察知感情
 5 思考反響感情
 6 二重化感情
 7 転嫁症

原注
訳者あとがき
主要症例索引
人名索引
事項索引

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