みすず書房

〈欧州にいた頃から、私の関心は少しずつアジアに向かって引き寄せられていった。経済成長が著しく、社会が激動期に差しかかっているという理由だけではない。日本が置かれた混迷と閉塞は、その遠因を近代の「脱亜入欧」に遡って読み解くしかなく、その打開の方途もまた、これからのアジアとの向き合い方に開かれているように思えた。その意味で、私の関心は、アジアそのものというより、いつも、「アジアから見える日本」にあったという方が正確かもしれない。
これらの文章で、成否はともかく、私は時事問題を追うよりも、社会現象を通して歴史の軸心に遡ろうと試みたが、それは仕事柄、目先の出来事に振り回される心の平衡を保つためだったともいえる。「混迷」は時として、烈しく揺れ動く現実に追いつかない感性の惑乱であり、「閉塞」も、現実に目をふさいで平穏を得ようとする精神の懶惰を指すのかもしれない。雑事に追われた日々、これらの文章を書き継いでいくことが、私にとってはただ一つ、惑乱と懶惰にとらわれず、現実に向き合う拠り所を与えてくれた〉

ロンドン、東京、香港を拠点に、世界を、アジアを、そして日本をみつめる著者が届けつづけた55通の手紙。一方でのジャーナリストとしての取材の緻密さと論理構成、他方での文学的筆力と想像力が合わさった、過去と未来の間をめぐる記録(2005-2009)である。

目次

1 「米欧回覧実記」 
2 「夢判断」 
3 「美味礼賛」 
4 「八十日間世界一周」 
5 「チャタレー夫人の恋人」 
6 「パリは燃えているか?」 
7 「倫敦!倫敦?」 
8 「広場の孤独」 
9 「クリオの顔」 
10 「中国=文化と思想」 
11 「すみだ川」 
12 「影法師」 
13 「野草」 
14 「山海経」 
15 「シチリアでの会話」 
16 「ロビンソン・クルーソー」 
17 「日本の200年」 
18 「種の起原」 
19 「ガリヴァー旅行記」 
20 「生のものと火を通したもの」 
21 「逝きし世の面影」 
22 「民藝四十年」 
23 「フィガロの結婚」 
24 「禅と日本文化」 
25 「猛獣篇」 
26 「我的中国」 
27 「日本とアジア」 
28 「硫黄島の星条旗」 
29 「その名にちなんで」 
30 「今夜、自由を」 
31 「水滴」 
32 「ラスト、コーション」 
33 「三国志」 
34 「長距離走者の孤独」 
35 「中国・蜀と雲南のみち」 
36 「混沌への顛落」 
37 「大暴落1929」 
38 「暗い時代の人々」 
39 「厄介なる主体」 
40 「「文明論之概略」を読む」 
41 「人間の條件」 
42 「アジアへの架橋」 
43 「鉄の暴風」 
44 「隋園食単」 
45 「蟹工船」 
46 「プレオー8の夜明け」 
47 「アメリカの黒人演説集」 
48 「吶喊」 
49 「闇の奥」 
50 「黒い雨」 
51 「野田黄雀行」 
52 「影の獄にて」 
53 「結婚狂詩曲」 
54 「風土」 
55 「近代書史」 
  
あとがき
 

書評情報

与那原恵(ノンフィクションライター)
週刊文春2010年3月18日号
朝日新聞
2010年4月18日(日)

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