みすず書房

建築を考える

ARCHITEKTUR DENKEN

判型 A5変型判 タテ210mm×ヨコ146mm
頁数 120頁
定価 3,520円 (本体:3,200円)
ISBN 978-4-622-07655-1
Cコード C0052
発行日 2012年5月18日
オンラインで購入
建築を考える

素材、土地がもつエネルギー、構造と細部、光と影の設計に徹底的にとりくみ、詩的で情感にみちた、類稀なる建築空間を生み出してきたスイスの巨匠ペーター・ツムトア(ピーター・ズントー)。
理想の建築について、美について、光について、風景について——創造において信じていること、実在させたいと願うものへの想いを綴った初エッセイ集、待望の邦訳。

口絵写真=杉本博司(Architectureより3点)/ブックデザイン=葛西薫

目次

物を見つめる
美しさの硬い芯
物への情熱
建築の身体
建築を教える、建築を学ぶ
美に形はあるか?
実在するものの魔術
風景のなかの光
建築と風景
ライス・ハウス

深澤直人氏書評
「アフォリズム集のようなペーター・ツムトアの建築論」

「あたかもそれが昔からそうであったかのように見えるようにしたい」。スイスの建築家ぺーター・ツムトアのことばである。

グラウビュンデンの山間の小さな街にある駅で降りて、まずはツムトアのアトリエを探したが見つかり難い。周りの家の木質と色が同化していたせいか、ひっそりと佇んでいる一見普通の家を見たときに、そうかとうなずいた。普通でありながらコンポジションやディテールが緻密である。「変哲もない日常の、あたりまえの事物のなかに特別な力が宿る」という彼のことばが思い浮かぶ。街の両側に聳えたつ山の稜線には同じかたちの家がぽつんぽつんと建っている。つづらおりの道を上がると写真で見た〈グガルン・ハウス〉が見える。車を降りて緑の草の上を人が歩いた跡に沿ってできたあぜ道を少し下ると、斜面ぞいのその家の全体が見えて来た。昔から変わらないかたちのスイスの家屋の山側半分をつくり直した家の、板張りの外壁はまだ新しく、日焼けして変色した前側との色がくっきりと違う。いずれは同じ色になるのだろうが、新しくした方の窓や雨戸の位置やかたちがミニマルで、屋根に通った固定のパイプのシンプルなデザインさえどこかモダンだ。さらに道を行くと〈聖ベネディクト教会〉が見える。小さな礼拝堂の中には白木のベンチがあり、その背もたれ、あるいは祈りの際に肘をつく一本の角材の角の丸みの優しい感触に触れて、光に包まれた優しい雰囲気に一瞬浸った。

15年くらい前だったと思う。私がペーター・ツムトアの存在を知ったときに勝手に空想した場面がある。そこには、よく知られた特徴(記号)的な建築で有名な建築家たちを囲んでいくつもの人だかりの輪ができている。そんな人ごみの中に一人だけぽつんと立っている静かな男の姿が見えた。ツムトアである。その場の雰囲気に馴染めないかのような、こういう場では今までに見かけたことのない姿だった。しかし放っている彼の鈍い光にみんなが一斉に振り向き、一瞬にして引き寄せられていくような気を感じた。場と関係なくシンボルとしての建築を建築家の建築としていたるところに建てることを疑わなかった人たちが、一斉にツムトアの作品に同調し、今まで刺激を得つつもなぜかしっくりこなかった疑いの感触が明らかになったような瞬間だった。そのときのツムトアは既に経験豊かな建築家だったと思うが、世間には俗っぽく知られてはいなかったと思う。そのときの作品から彼を想像すると、スイスの小さな集落に住み、そこに建物(家)を、必要に応じて、こつこつと一人で建てる大工さんのような、あるいは村の建築屋さんのような存在に見えた。

ツムトアの著書『建築を考える』は、著者が長い間建築(ものづくり)に関わってきた中でその作業に重なるようにして浮かび上がった思いを言葉にしたアフォリズム集のように思える。ことにツムトアの手書きのドローイングは緻密で、絵画のように美しく、一本一本の線を引きながらコンセプトを具体化する際に湧き上がってくる気づきを呼吸に混ぜて呟いているようにさえ感じる。それはその時々に様々なものから受け取る啓示でもあり、真理を得た瞬間ではなかったかと想像する。「…そしてあるがままの物への還元である。ハントケは(…)自分の描写は、余分な脚色や潤色としてではなく、描いている場所に対する忠実さとして味わえるものでありたい、と。このような文章に接すると、昨今の建築を眼にするときにしばしばおそわれる不快感もなんとかしのぐことができる」。一般に、建築を論ずると言えば体裁はいいが、主張の声が大きいということは、自身の建物の存在に自らが疑いを持っていること、あるいはそれが必然とそぐわないことの事実を、その声でかき消そうとしているかのようである。

ツムトアは「ある場所に、ある目的のために建物を設計しようとするとき、私が想像力を傾けなければならない現実はどこにあるのか? この問いに答えるための鍵は、場所と目的という言葉にあると思う」という。彼は視覚以外、あるいは視覚を含めた五感の複合で感受される接触の場の雰囲気をつくろうとしている。内側から見れば建物が容器として身体の周りを取り囲み、外からはその場の中に埋没して調和していることではじめて沸き立つ雰囲気をつくろうとしている。その雰囲気にはその建物にこれから関わっていく人の無自覚で多層な過去の記憶も介在している。作家であるツムトア自身の記憶からのエッセンスも混入する。

「建築はメッセージでもなければサインでもない。そこで営まれる生を囲む殻であり、背景である。(…)繊細な容器なのだ」

我々の生の世界は物質と媒質(音を伝える空気や光を通す空間)で埋め尽くされている。その中に人工物として大きく存在するものが建築である。その物質は自然や他の人工物、例えば街や集落という物質と調和して溶け込んだ雰囲気を自然に醸し出さなければならない。スイスの地で建築をはじめたツムトアは、自然に溶け込んだ山の稜線を無闇に崩さずに来た母国の必然の歴史に沿ってデザインをするなかで、こうした思考を強めていったのではないか。周りとは関係ない孤立した建物の分子が集まってできた街を見たくない。

「『なんでもできる』遣り手たちの世界ではそんな言葉が聞かれる。(…)『もうなにも立ちゆかない』、現代社会の不毛に苦しむ人々はそう言う。これらの発言は、相反する事実とは言わぬまでも、相反する見解を表している。私たちはどうやら矛盾とともに生きることに慣れてしまったようだ。(…)あらゆるものが混じりあい、マス・コミュニケーションは記号からなる人工的世界を作りだしている。なにがどれであってもかまわないような世界だ」

この本があって救われる人は多いと思う。

「どのような家も特定の目的、特定の場所、特定の社会のために建てられている。その単純な事実から導かれる問いに、能力の及ぶかぎり厳密に、批判的に、自分の建築で答えていくこと、私のしているのはその努力である」
(「 」はすべて文中より)

深澤直人(ふかさわ・なおと 工業デザイナー)
copyright Fukasawa Naoto 2012

(上掲の深澤直人氏の文章は、タブロイド版出版情報紙『パブリッシャーズ・レビュー みすず書房の本棚』第2号(2012年3月15日発行)第一面に掲載されたものです)

編集者からひとこと

ツムトア氏から「日本語版の出版、了解しました。」という手紙をもらってから、どれぐらい経ったのだろう? 引き出しにしまっておいた手紙を見たら、2007年2月16日とあるから、もう5年が経っているのか。この間に、氏はプリツカー賞を受賞し、実在するとは思えないほど美しいランドマークを新たに三つ生み出している。

その日、ツムトアさんは少し疲れた様子だった。それでも私たちを快くアトリエに迎え入れ、1階の自分専用のスペースから2階のスタッフたちの仕事部屋まで、一室一室を丁寧に案内してくれた。「ここが私の仕事スペースです」と、手元のスイッチを入れ、グレーの重たいカーテンを開けてみせると、壁面を占めるガラス窓の向こうに、草花が無造作に植えられたこぢんまりとした庭があらわれた。「私はこの庭を眺めながら仕事をするのが好きなんです。日本の庭樹も植わっていますよ」。

ツムトアさんは、寡黙というのではないが、話すのが得意そうではなかった。たぶん、ものすごくシャイ。けれど、目の奥で会話しようとするような、まなざしの力がある。
ツムトアの知人で通訳をしてくれたMさんを介し、私はツムトアさんに「あなたの本の日本語版を刊行したいのです」と伝えた。自己紹介がてら差し出した数冊の本を、一冊一冊、興味津々といった感じで、ときどきこちらにきらきらと輝く目を向けながら、見てくれた。そして、きっぱりとした口調で、こう言われた。「私の本は、ドイツ語版から翻訳してほしいんだ。英語版は、私の文章という気がしないから」。私は「分かった」と目でうなずいた。

しかし、相手はペーター・ツムトアだった。一筋縄でいくはずがない。沈黙はnoの意味か?とこたえを急ごうとすると、ちゃんと返信がきたりする。こたえがかたちをあらわすまで待つこと、時間をかけることは、ツムトアの事を見極めるやり方なのだ、と分かってくるまで、私は気を揉みつづけた。今では、待てること、待たせることのできる精神力が、ツムトアが創るものにそなわる真正さをもたらしているのではないか、とさえ思っている。

もうすぐ書店に並ぶ本書『建築を考える』も、待ったことで素敵な幸運を手に入れた。杉本博司さんの写真と合わせることができたのだ。ツムトアとのやりとりを通してつくり上げたこの本が、遂に刊行できる。ツムトアの建築のように、読者の手元で、年月を経るほどに愛着のます本となってくれることを願っている。(2012年5月11日)

編集担当 小川純子

書評情報

岡田温司(京都大教授・西洋美術史家)
朝日新聞2012年6月17日(日)
新建築
2012年7月号
POPEYE
2012年6月号
堀江敏幸
毎日新聞2012年8月12日(日)