みすず書房

1981年6月。米国疾病管理予防センター発行『疫病週報』の短信が特異な肺炎5例を報じた。のちに数千万人の死者を出すことになる後天性免疫不全症候群(エイズ)認知の第一歩である。以降、現代最悪のパンデミックをもたらしたこの感染症については夥しい文献が書かれたが、1981年以前の出来事を扱った本はほとんどない。一体何があったのか? ウイルスはどこから来たのか? 感染はなぜ拡大したのか? 本書は謎の最も核心に迫った決定版である。
それは1921年頃の中部アフリカで始まった。一握りの人に感染したチンパンジーのサル免疫不全ウイルスが、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)となる。当時アフリカ大陸を植民地化していたヨーロッパ列強は熱帯病に苦慮しており、皮肉なことにその対策としての医療が感染を広げる結果となった。貧困による異常な売春がこれに拍車をかける。その後ウイルスはカリブ海へ。運んだのはおそらく「たった一人」のハイチ人だった。そこで爆発的流行を可能にした拡大装置とは何だったか。米国は目と鼻の先である。汎世界的流行はここから始まった。
植民地政府の公文書、凍結血液サンプル、疫学、ウイルス学、分子生物学、人口統計。あらゆる証拠から謎ときパズルのピースが次々はまってゆく。ヒト社会と感染症の関係を考察する上で欠かせない一冊。CHOICE Outstanding Academic Title賞、2011年ラジオカナダ科学賞受賞作。

目次

謝辞/専門用語に関する備考/はじめに

第1章 アウト・オヴ・アフリカ
(新しきもの、常にアフリカより来たる/保存されていた標本/ウイルスの多様性)
第2章 起源
(ヒトに最も近い親戚/あらゆる種類の系統樹/第四のサル/チンパンジーにおけるサル免疫不全ウイルスの起源)
第3章 タイミング
(アフリカ未開地の医療/植民地の悲劇/有益な解剖/分子時計)
第4章 カットハンター
(狩猟者と獲物/ウイルスへの暴露を定量化する/『ザ・リヴァー』——川/きわどい経験/永遠の若さと睾丸移植)
第5章 過渡期のアフリカ社会
(奴隷貿易とアメリカ大陸への感染症の輸出/コンゴ川マレボプール/ドイツ領カメルーン、フランス領カメルーン、イギリス領カメルーン/ベルギー領コンゴ/ヨーロッパ人によって作られ、アフリカ人によって住まわれる/多すぎる男たち/レオポルドヴィルとブラザヴィル/一方、カメルーンでは)
第6章 最古の商売
(HIV流行の核心的集団/「性的なもてなし」と家事/性感染症/レオポルドヴィルにおける売春/コンゴの声/ブラザヴィルにおける売春/誰のための独立か)
第7章 ウイルスの感染と伝播
(非経口的もしくは医原性感染/薬物中毒者におけるHIV/HIVの医原性流行/史上最大の医原性流行/中部アフリカにおけるC型肝炎ウイルス感染/接種肝炎)
第8章 植民地医学の遺産(1)——フランス領赤道アフリカとカメルーン
(医療制度/すべての熱帯病の母/梅毒トレポネーマと金属含有薬/患者の隔離から治療へ/キニマックス/その他の熱帯病/ギニア・エスパニョーラ/熱帯病から血液媒介性ウイルスへ)
第9章 植民地医学の遺産(2)——ベルギー領コンゴ
(パッチワーク的な医療活動/感染症のコントロール/医学研究のネットワーク/比類なき医師/風土病的結核/「自由女性」へのケア/感染のパーフェクト・ストーム)
第10章 その他のヒト免疫不全ウイルス
(HIV-10、N、P/HIV-2とポルトガル領ギニア)
第11章 コンゴからカリブ海へ
(失敗に終わった脱植民地化/パトリス・ルムンバの盛衰/カリブ海諸国からの支援によるコンゴ国家建設/四番目の「H」)
第12章 血液貿易
(カリブ海の吸血鬼/赤い金(きん))
第13章 感染のグローバル化
(初期の拡大/その後の流行/対応)
第14章 パズルの組み立て
第15章 エピローグ——学ぶべき教訓

補遺/訳者あとがき/参照文献/索引

書評情報

村上浩
HONZ2013年7月22日
小林照幸(ノンフィクション作家)
日本経済新聞2013年8月11日(日)
中西真人(産業技術総合研究所)
日経サイエンス2013年10月号
信濃毎日新聞
2013年9月1日(日)
石井光太(作家)
図書新聞2013年9月
泊 次郎
UP2013年11月号

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