みすず書房

鳥は生命の赤さをもつ羽根の上に雪片をのせて運び、
氷の粒子を嘴にくわえて、夏を通りぬけてやって来る。
——パウル・ツェラン

これは無限に小さいものへの言及であり、われわれの知覚能力の限界を表しています。人間の感性では感知できず、人間の理性では——理論上でも——理解不可能なのです。
——アンゼルム・キーファー

パウル・ツェラン(1920-1970)とアンゼルム・キーファー(1945-)。両親を強制収容所で亡くし、戦後も死者の声を担い続けた詩人と、ときにドイツの負の歴史を露にする作品で観る者を震撼させる、現代を代表する芸術家。立場も表現方法も相反するように見えるふたりの作品には、知られざる深いつながりがある。
2005年、キーファーは「パウル・ツェランのために」という連作を発表した。《黒い切片》《ヤコブの天の血が斧で祝福されて》《ヒマラヤ杉の歌》…ツェランの詩から引用されたタイトルをもつそれらは、ツェランに対する何よりも深い読解といえるものだった。
語りえぬものを詩に結晶させたツェランの問いを、キーファーはなぜ、どのように表現したのだろうか。ふたりの創作における関わりを軸に戦争の記憶を浮かび上がらせる、まったく新しい評論の誕生。図版多数。

目次

第一章 「死のフーガ」と灰の花——キーファーのなかのツェラン
第二章 「ボヘミアは海辺にある」——バッハマンをめぐるツェランとキーファー
  インテルメッツォ I 「夜の茎」と「花」
第三章 変転する水晶——シュティフターをめぐるツェランとキーファー
第四章 白鳥の叫びからヴァーグナーの響きへ——キーファーのなかのヴァーグナー
  インテルメッツォ II ツェランと音楽
第五章 ライン河とニーベルンゲン——反ユダヤ主義との戦い
  インテルメッツォ III 羊歯の秘密
第六章 《息の結晶》——ジゼル・ツェラン=レトランジュ
第七章 映画を観るツェラン——あるいはアウシュヴィッツの表象不可能性
第八章 不在の書物を求めて——オースター、ジャベスとツェラン
  インテルメッツォ IV フレーブニコフをめぐるキーファーとツェラン
第九章 飛行の夢、天使の墜落——ツェランとキーファーの飛行機
第十章 灰と鉛の想像力——錬金術としての詩作と芸術
エピローグ ツェランの「低水位」を読む


あとがき
図版一覧
初出一覧
人名索引

書評情報

暮沢剛巳(美術批評家)
熊本日日新聞「2015今年の収穫」2015年12月20日(日)