みすず書房

日本の教育は、移民と共に越境し、矛盾や相克を生み、変容し融和していった。ここにおける主体であるブラジル日系移民は、1930年代というブラジル・ナショナリズム高揚期に集中したため、彼の地の移民同化政策と太平洋戦争の影響を直に受けた。
本書は、そうした独特の歴史状況下で進められた移民子弟教育の実態、および、その背景を詳述した大変貴重な研究である。ブラジルで長年暮らし、調査を続けてきた研究を集大成し、ここに一冊の書物としてまとめあげた。
史学領域においては、日本の戦前・戦中期の教育についての研究は多くなされてきたが、このような、海外で行われた教育実践から顧みた精緻な研究は希少である。そして、ブラジルという異郷との境界に浮かび上がる、日本の教育文化や教育思想の特徴、グローバルな日本語解釈共同体の存在は、現代世界の政治・社会状況分析への大いなる示唆に富むものとなっている。
苛酷な状況下での創意工夫と情熱に満ちた教育文化、そして、それを創造した強い精神など、かつて海を渡った日本人移民の様々な体験から得るものは少なくないであろう。

目次

凡例
はしがき

序章 本書の研究課題および方法と視角
0‐1 研究課題と対象
0‐2 先行研究の検討
0‐3 研究の方法と視角——時代性と地域的格差をこえて

第一章 近代日本人のグローバル化と移民子弟の教育
はじめに
1‐1 19-20世紀における移民の概観と日本人海外渡航の位置づけ
1‐1‐1 ブラジルの歴史と外国人移民  1‐1‐2 ブラジルにおける外国人移民の導入と日本  1‐1‐3 日本の対外関係と海外移民  1‐1‐4 ブラジルにおける日本人移民の導入
1‐2 19-20世紀ブラジルにおける教育の状況と外国人移民子弟教育
1‐2‐1 19-20世紀ブラジルにおける教育状況と外国人移民子弟教育  1‐2‐2 ブラジルにおけるドイツ系・イタリア系移民の子弟教育  1‐2‐3 ドイツ系子弟教育と日系子弟教育の共通点と相違点

第二章 ブラジルにおける日系移民子弟教育史の概要
はじめに
2‐1 ブラジルにおける日系移民子弟教育史の時代区分
2‐1‐1 ブラジル日本人移民周年史の時期区分  2‐1‐2 『幾山河』の時期区分  2‐1‐3 『ブラジル日系の教育目的の変遷』の時期区分  2‐1‐4 『ブラジルにおける日本語教育史』の時期区分  2‐1‐5 『ブラジル日本移民百年史』の時期区分
2‐2 ブラジルにおける日系移民子弟教育の変遷
2‐2‐1 初期移民の時代——日系移民子弟教育の開始  2‐2‐2 国策移民開始の時代——植民地での「学校」設立の促進  2‐2‐3 父兄会時代——日系移民子弟教育の発展と排日  2‐2‐4 教育普及会時代——日系移民子弟教育の最盛期  2‐2‐5 文教普及会時代——日本語教育制限と武道・スポーツの興隆  2‐2‐6 日本語教育の空白時代(1942-太平洋戦争期)

第三章 ブラジル日系教育機関の分類とその性格
はじめに
3‐1 ブラジル日系教育機関の分類
3‐1‐1 小学校  3‐1‐2 中等学校  3‐1‐3 実業学校  3‐1‐4 私塾  3‐1‐5 女学校  3‐1‐6 寄宿舎・ペンソン  3‐1‐七 洋上小学校
3‐2 ブラジルにおける日系移民子弟教育の性格
3‐2‐1 ブラジル日系移民子弟の国民教育・臣民教育の展開  3‐2‐2 ブラジル日系移民子弟の皇民化教育の様相

第四章 都市サンパウロの日系移民子弟教育
はじめに
4‐1 サンパウロの日系移民子弟教育機関 1——大正小学校
4‐1‐1 大正小学校の創立  4‐1‐2 大正小学校におけるブラジル公教育の開始と宮崎校長の死  4‐1‐3 大正小学校の発展 1(1920年代)  4‐1‐4 大正小学校の発展 2(1930年代) 4‐1‐5 ピニェイロス分校の設立
4‐2 サンパウロの日系移民子弟教育機関 2——聖州義塾
4‐2‐1 聖州義塾の創立と授業開始の経緯  4‐2‐2 聖州義塾の名称と性格  4‐2‐3 聖州義塾の拡張・発展  4‐2‐4 聖州義塾塾生会の発足とその活動  4‐2‐5 聖州義塾サンターナ分校の分離独立  4‐2‐6 聖州義塾の立ち退き
4‐3 サンパウロ日系移民子弟教育における二言語・二文化教育
4‐3‐1 サンパウロ市日系コミュニティの言語状況  4‐3‐2 戦前期サンパウロ市民日系教育機関における教育環境

第五章 ブラジル日系子弟教育者の人間像とネットワーク形成
はじめに
5‐1 ブラジルの日系子弟教育者 1——小林美登利
5‐1‐1 会津時代  5‐1‐2 同志社時代  5‐1‐3 ハワイ・アメリカ時代  5‐1‐4 ブラジル渡航と聖州義塾の設立  5‐1‐5 一時帰国と聖州義塾の拡張
5‐2 ブラジルの日系子弟教育者 2——岸本昴一
5‐2‐1 海外雄飛  5‐2‐2 もう一つの海外雄飛  5‐2‐3 帰郷と挫折、キリスト教との出会い  5‐2‐4 日本力行会入会とブラジル渡航  5‐2‐5 学校教師となる  5‐2‐6 上聖と暁星学園の設立  5‐2‐7 岸本の教育理念と実践  5‐2‐8 岸本の活動と暁星学園の歴史的意義
5‐3 ブラジルの日系子弟教育者 3——両角貫一
5‐3‐1 派遣教員留学生制度とブラジル渡航の背景  5‐3‐2 ブラジル渡航まで  5‐3‐3 最初の挫折とブラジル師範学校入学  5‐3‐4 ブラジル師範学校卒業と日系小学校赴任  5‐3‐5 大正小学校校長としての両角

第六章 戦前期ブラジルにおける子どもの生活世界
はじめに
6‐1 子どもたちの時間
6‐2 子どもたちの空間
6‐3 服装・校歌——学校をめぐる象徴
6‐4 修学旅行
6‐5 子どもたちの銃後

第七章 ブラジル日系移民子弟教育の成果としての二世
はじめに
7‐1 大和魂とブラジリダーデ——二つの理念の検討
7‐2 戦後のブラジル日系人とプレゼンスの拡大
7‐3 ブラジル日系人の政治参加と日系議員の誕生
7‐4 日系ブラジル人政治家の境界人性とパーソナリティ形成
7‐5 日系ブラジル軍人の境界人的パーソナリティ

終章 残された課題と今後の研究の展望

参考文献
ブラジル日系移民子弟教育史年表
あとがき
事項索引
人名索引