みすず書房

〈今日という地平では、一つの塊のような対象、一つの出来上がったメッセージと向き合うことは堪えがたい。物も人も、在って無きがごとくの在りようが好ましい。むしろ向き合うことなしに、間を意識すること、ひいては見えないがより大きな辺りの時空間をこそ感知し、そこにおのれを解放したいのである。〉

作品を通じて、凝固した空間の塊の中に人間と響き合う世界を組み立てる現代美術作家が、絵筆と鑿に換えてペンをとる時、その筆致は、あまりに人工、清浄、整然に過ぎた都市に罅を入れ、あまりに透明になった人間の奥底に潜む野生を引きずり出す。刻んできた時の狭間をわたる自伝的エッセイ集。

【初版2004年12月17日】

目次

I 時の狭間

春先 a
春先 b
カヨちゃん
ある朝の狂気
黴びた林檎

発掘作業
冬の話
ロマネコンティで乾杯
ハンバーガー
コーヒーの味
二つのお椀
ハエ
K嬢とT氏の場合
不作法な客
三人
酒の周辺
不幸の悦び
夏の日に
ビルの工事場
パフォーマンス
無の海

II 旅行と出来事
東京にて
記憶
美食
旅と靴
靴を磨きながら
アクロポリスと石ころ
ガンディス江
パリにて a
パリにて b
ニューヨークの地下鉄
トレドにて
ある旅先で
ある後姿
浄夜の鐘と除夜の鐘
子供の叫ぶ声
葬送
ある朝突然に
仏間の一夜
戦場の凧揚げ

III 芸術の周辺
四分三十三秒——ジョン・ケージに
絵が描けない日
アトリエ
日記より
釣竿を求めて
まよい
芸術的才能
演奏
白い紙
木版を刻みながら
土に魅かれて
土を焼く
料理と彫刻
彫刻の世界
電話のベル
今先生の死を見て
傷口——フォンタナの作品
制作——画家Fへ
金鶴泳さん
J・ボイスと白南準

IV 因縁と歳月
歳月
鐘幻
赤トンボ
故里
祖父
乞食唄
小学節
蘭に思う
予感の壺
白いゴム靴
憂国の士
統一の日々のために
Yの体験
うじ虫
立論
ある手紙より
ある野生
南大門市場
韓国の右と左

あとがき

書評情報

(開)
毎日新聞2016年5月15日(日)