みすず書房

私は宿命的に放浪者である。
私は古里を持たない。

冒頭の有名な一節で始まる林芙美子の『放浪記』は、1930(昭和5)年7月に改造社から単行本として刊行、ベストセラーとなった。その後『続放浪記』『放浪記第三部』と書き連ねた芙美子は、この第一部にもかなりの手を入れ、全三部を併せて決定版とした。現在の新潮文庫版である。
だが、社会の底に生きる若い不服従な女の生命の迸りを描いた改造社版にくらべ、現在の版は洗練された過去の物語になっているのではないか。
「原『放浪記』が一生に一度しか書けない進行形の〈青春の書〉ならば、いま流布している『放浪記』は〈成功者の自伝〉である。文庫の〈決定版〉に魅かれた人は、この〈改造社版〉を読めば、またちがう感動が得られるであろう」(巻末エッセイ・森まゆみ「立ちはだかるもの、すべて栄養——林芙美子の転々」)。
ここに改造社版『放浪記』をおくるゆえんである。