みすず書房

「心理療法の歴史を顧みると、始めのうちこそ患者があって理論が生まれてきた素足の時代があったようであるが、次第に大ていは誰でも、まず自分の気に入った理論という靴をはいて患者を診るようになってきた。靴をはくのは自分の足を保護したり、外見をよくしたりするのには、たしかに役に立つかもしれない。しかし言葉通りの隔靴掻痒という現象もすべての心理療法の各流派について出現してきたのも事実である。大地に、患者に、素朴にしっかりと、はだしで立つことは、何か土くさい、ローカルなこととして考えられるようになってきた。しかし心理療法というものは、もともとローカルなものとして始まったのである。」

「素足であることは生の事象に対して虚心坦懐に、素直に対することである」。熟達の臨床家が後進に遺した、最初で最後の心理療法指南書。
シリーズ〈始まりの本〉に収めるにあたり、これまで単行本未収の論考「心理療法の此岸と彼岸」と、「解説」(妙木浩之)を新たに付す。

目次

一 沈黙の時間
二 根本原則
三 自灯明
四 共業性
五 施無畏
六 居塵出塵
七 素足であること
八 含羞性
九 畏敬性
十 五体投地
十一 雑華荘厳
十二 待機性
十三 常啼性
十四 燃え尽き症候群
十五 ミケランジェロのモーゼ像
十六 文化の異形
十七 作務(ムーヴマン)
十八 終章(Exodos)——若い心理臨床家へ

付録(あらずもがなの……)
不在者の浮上——イメージ心理学の基盤
モイラのくびき——必然と自由
白秋から玄冬へ——老人の生と死
詩と革命のはざま——F・ヘルダーリンの病跡への疑問
詩と人間——連句療法の基盤
心理療法の此岸と彼岸

あとがきに代えて
解説——「引用」の文体 (妙木浩之)