みすず書房

本の文化をどのように継承するのか? 一枚の紙が折丁となり綴じられていく工程——ルリユールの源流を辿り、最も装飾が洗練されていた時代の職人の世界を分析する。書物とは何か? 本をつくる場所からその根本を問う、工房からの書物史。
本書が主たる考察対象とするのは、活版印刷が成熟して書物の生産が盛んになり、装幀技術が定着した17、18世紀における本づくりの世界である。この時期こそ技巧を凝らし円熟を見せた、きわめて質の高い製本術が発展し、今なおその歴史の中での頂点とも言える技が開発された時期である。
この本は、特定のある時期の限られた技術・文化の話としてではなく、正に出版史的出来事が大きく変容している今の時代にこそ、私たちに働きかける内容となっている。
20世紀までのフランスでは、「仮綴じ」と「製本」という特有のかたちが根付き、読者は書店で購入した仮綴じを、製本職人に製本依頼していた。本書では、このフランス装の読書文化の源流を、17世紀の王権統制にまで遡って考察する。
一般に装幀というとデザイン面が取り上げられることが多いが、本書の特徴は、製本術の技術者としてルリユール(手かがり製本)に携わってきた著者自身が、これまで考察対象としてあまり注視されてこなかった本の内部構造、「本の綴じ」に着眼し、分析するところにある。出版文化、書物史、装幀・造本に関心の強い人に向けた一書。

[本書は、第39回日本出版学会賞(2017年度)奨励賞を受賞しました。
また、本書、および論文「ルネサンス期のルリユール――ド・トゥの紋章本」(『日仏図書館情報研究』第40号)・「19世紀初頭のルリユール:王立聾学校製本教授マチュラン=マリー・レネによる「保存製本」」(同第42号)の優れた業績により、著者は第8回日仏図書館情報学会賞(2017)奨励賞を受賞しました]

本書の装幀について

表紙には、アマンという製本職人が残したダンテル紋様を採用しています。
カバーと見返しの水色は、民衆本(青本)の色です。青本は17、18世紀フランスの民衆文化を語るときに不可欠のもの。行商人の手で広まり、都市でも農村でも親しまれました。その青本の色が、この水色です。

目次

はじめに

第一章  17、18世紀におけるルリユール
読者と製本
絵画に描かれたルリユール
模様紙の流行
製本と仮綴本
羊皮紙装の衰退
なめしと革製本

第二章 書籍商・印刷業者・製本職人組合
パリ大学と王権による検閲
組合の成立
箔押し親方の兼業
1649年の組合規定

第三章 製本職人・箔押し職人組合
製本工房と開業の通り
組合監督と取締り
綴じをめぐる紛争
組合内部の序列化

第四章 製本工房における技術の継承
製本工房のエチケット
パドゥルー家の製本業
ソルボンヌの工房
相続人による製本工房の継承
ドゥローム家の製本業

第五章 製本術の記録化
『百科全書』の工程と銅版画
王立科学アカデミーによる編纂
製本術の分析
ルモニエ家の製本業
ゴフクールによる製本手引書

第六章 折丁とかがり
折丁を叩く作業
折丁の目引き
かがり台
かがりの工程

第七章 本の立体化
カルトンの接続
背の裏打ち
小口断裁
本を縛る作業

第八章 綴じの機能と装飾
小口金箔
マーブル染め
天地の花布
青本に描かれた「花布編み店」

第九章 金箔押しによる装飾
活字フェール
表紙のデザイン
ポワンティエ装幀とフェール
ポワンティエ装幀の展開

第十章 箔押しデザインの発展
大型本とフェール
ダンテル装幀の展開
金版によるダンテル装幀
伝統的な製本術の変質

おわりに
あとがき

参考文献