みすず書房

「財政赤字よりも共感の不足こそが社会的分断をもたらす深刻な問題である」――かつて元アメリカ大統領バラク・オバマがそう必要性を説いたように、近年さまざまな場面で「共感」が重視されるようになった。
医療や福祉などの現場では、1970年代以降に患者や利用者への心理的援助として共感が注目され、その後、患者中心の支援を行うために援助者が取るべき基本的姿勢の一つに位置づけられるようになった。
しかしながら、ジグムント・フロイトによって創始され、20世紀を代表する心の理論となった精神分析では、意外にも共感が積極的に評価されるまでに半世紀以上の時間を要した。
共感とは、私たちの心にどのような影響を与えるのだろうか? 本書は代表的精神分析家たちの生涯を心理歴史学的方法で探究する。彼らにとって共感がどんなメリット/デメリットを持つものであったかをたどり、共感の本質的困難さと、その困難を越えてなお共感を大切にすることの意義について考え直す。

目次

はじめに

序章
1 本書の主題
2 本書の意義
3 本書の研究方法
4 共感を意味する英語とドイツ語
5 本書の構成

第1章 臨床における共感
1 私が影響を受けた学派と分析家
2 事例
3 考察
4 小括

第I部 フロイト

第2章 フロイトの前半生
1 幼年期(1856-59年)
2 少年期(1860-65年)
3 思春期(1865-73年)
4 青年期(1873-81年)
5 神経科医の時期(1881-90年)
6 精神分析の黎明期(1891-1900年)
7 考察

第3章 フロイトの精神分析プラクティスの成立過程
1 カタルシス法(1880年代-90年代)
2 精神分析的プラクティスの始まり(1890年代-1900年代)
3 精神分析的プラクティスの完成(1900年代後半)
4 技法論の発表と禁欲原則の導入(1910年代)
5 小括

第4章 1910年代以降のフロイトのプラクティス
1 フロイトとユングの理論的対立(1906-10年)
2 フロイトとユングの技法的対立(1911-13年)
3 フロイトが共感の治療的意義を認められなかった要因
4 共感の意義を認められなかったことがフロイトの治療にもたらした影響
5 晩年のフロイト

第I部小括

第II部 アブラハム

第5章 アブラハムの人生
1 幼年期(1877-86年)
2 思春期(1886-95年)
3 青年期(1895-1904年)
4 精神分析への接近(1904-07年)
5 フロイトへの接近(1907-14年)
6 フロイトと異なる視点(1909-14年)
7 第一次大戦期(1914-18年)
8 ベルリン精神分析の繁栄(1918-23年)
9 晩年(1924-25年)
10 小括

第6章 アブラハムのプラクティス
1 技法的提唱(1919年)
2 プラクティスの具体例(1924年)
3 ヘレーネ・ドイッチュへの分析(1923年)
4 考察

第III部 フェレンツィ

第7章 フェレンツィの人生
1 幼年期(1873-85年)
2 思春期(1885-90年)
3 青年期(1890-1907年)
4 精神分析への接近(1908-09年)
5 フロイトとの衝突(1910年)
6 パロシュ親子との境界侵犯(1910-12年)
7 フロイトによる精神分析(1914-1916年)
8 精神分析家としての栄光と没落(1916-20年)
9 小括

第8章 フェレンツィのプラクティス
1 積極技法の提唱(1918-23年)
2 転換期(1924-26年)
3 共感の重視(1927-28年)
4 万能的な母親的ケア(1928-31年)
5 相互性の重視(1932-33年)
6 考察

中間小括
1 各分析家が共感を評価できなかった理由
2 精神分析草創期に共感が評価されなかった理由

第IV部 米国精神分析

第9章 自我心理学派
1 19世紀後半以降の心理療法
2 精神分析の導入と発展(1900年代-30年代)
3 自我心理学派の発展と「内戦」(1920年代-50年代)
4 自我心理学派におけるプラクティス(1920年代-50年代)

第10章 ハリー・スタック・サリヴァン
1 サリヴァンの前半生(1892-1921年)
2 精神科病棟におけるプラクティス(1921-30年)
3 個人開業におけるプラクティス(1931-47年)
4 晩年(1939-49年)
5 考察

第11章 エーリッヒ・フロム
1 人生史
2 アメリカ時代(1933-50年)
3 メキシコ時代から晩年へ(1949-73年)
4 考察

第12章 カール・ロジャーズ
1 幼少期(1902-14年)
2 思春期(1914-20年)
3 青年期(1919-26年)
4 臨床家としての成長期(1926-39年)
5 非指示的アプローチの提唱(1940-45年)
6 クライエント中心療法の提唱(1945-55年)
7 治療的挫折(1951年)
8 「一致」の重視(1957年)
9 ウィスコンシン時代(1957-63年)
10 カリフォルニア時代(1963-87年)
11 考察

第13章 ハインツ・コフート
1 幼年期(1913-23年)
2 思春期(1924-31年)
3 青年期(1932-38年)
4 精神分析への接近(1940-49年)
5 自我心理学派としての活躍(1950-59年)
6 自己愛の探求(1960-71年)
7 自己心理学の創始(1972-81年)
8 考察

第14章 関係学派
1 変化の土壌(1960-70年代)
2 関係論的転回(1980年代)
3 スティーブン・ミッチェル
4 ジェシカ・ベンジャミン
5 考察

第V部 英国精神分析

第15章 英国精神分析の歴史
1 英国精神分析協会の成立(1900-20年)
2 前エディプス期への関心の高まり(1920年代)
3 ウィーンとの対立の発生(1920年代後半-30年代)
4 英国精神分析協会における大論争(1940年代)
5 三派の共存体制の確立(1940年代後半以降)

第16章 メラニー・クライン
1 人生史
2 考察

第17章 ドナルド・ウィニコット
1 人生史
2 考察

第18章 投影同一化の理論的発展
1 ビオン
2 ポスト・クライン派
3 考察

第VI部 フランス精神分析

第19章 フランス精神分析における共感
1 フランス精神分析の組織的発展の経緯
2 ラカン派のプラクティス
3 IPA系分析家のプラクティス
4 考察

終章 私たちは共感をどう位置づけるべきなのか
1 精神分析は共感をどう位置づけてきたか
2 精神分析が明らかにした共感の意義
3 対人援助関係における共感の位置づけ
4 一般社会における共感の位置づけ
5 結論


参考文献
事項索引
人名索引
初出一覧