みすず書房

フィクションだからこそ、伝えられる真実がある。公立図書館に勤務しながら児童文学書評ブログで1600本を超える評を書いてきた著者が10の物語から掬いとった真実が、大人である私たちの目を開かせる。
ヒロシマの記憶、内戦と子ども、民族と戦争。顔の見えない戦争、普通の家庭にやってきた戦争、基地のある日常。戦争責任と子ども。そして、あの日の記憶を受け継ぐこと。
朽木祥、岩瀬成子、三木卓、ロバート・ウェストール、シンシア・カドハタ、エリザベス・レアード、デイヴィッド・アーモンド、グードルン・パウゼヴァング、エルス・ペルフロム……戦争を知らない世代の作家も、日系人作家もいる。遠く離れた国で起きた戦争を描いた物語があり、数十年の時間をかけてようやく「あの日」を言葉にできた作品がある。しかし、どの作品にも共通するのは、次の世代へ、国境を越え世界に向かって小さな記憶を運んでゆく大きな力――10の評論。

目次

小さきものへのまなざし 小さきものからのまなざし――越えてゆく小さな記憶  朽木祥『彼岸花はきつねのかんざし』『八月の光 失われた声に耳をすませて』
「あんた、あたしに化かされたい?」――異種の者たちと子ども
うばわれた、子どもの小さな友だち
葬列となったきつねの嫁入りと、果たされなかった約束
compassion(共感共苦)として分け合う記憶
核以後のヒロシマの記憶
あの日の記憶を受け継ぐ

命に線を引かない、あたたかな混沌の場所――クラップヘクのヒューマニズムの懐に抱かれて  エルス・ペルフロム『第八森の子どもたち』
ノーチェのいた時代
第八森に住むのは誰か
ナチスの「浄化」と、命に線を引かないヒューマニズム
レジスタンスと少年兵
子どもたちの戦争は終わらない

空爆と暴力と少年たち――顔の見えない戦争のはじまり  ロバート・ウェストール『〝機関銃要塞〟の少年たち』
機関銃は何を増幅させたのか
二人のマッギルの戦争
自分たちだけの要塞――誰と戦うための?
「敵」から、顔をもつ生身の人間へ

普通の家庭にやってきた戦争――究極の共感のかたち、共苦compassionを生きた弟  ロバート・ウェストール『弟の戦争』
共感という名の痛み
普通の家庭と戦争
共感と共苦の間で

基地の町に生きる少女たち――沈黙の圧力を解除する物語の力  岩瀬成子『ピース・ヴィレッジ』
基地のある日常
曖昧な沈黙が押し込めるもの
他者の中にかくれている物語に気づくとき
「ひとり」の言葉に耳をすませる

国家と民族のはざまで生きる人々――狂気のジャングルを生き延びる少年が見た星(ムトゥ)  シンシア・カドハタ『象使いティンの戦争』
先住民族とベトナム戦争
ジェノサイドの村で生まれる憎しみ
国家も属性もレッテルもないつながり
暗闇に輝く星(ムトゥ)の光

転がり落ちていくオレンジと希望――憎しみのなかを走り抜ける少女  エリザベス・レアード『戦場のオレンジ』
回想で語られる内戦
アイデンティティを問い、問われる旅
憎しみという怪物を抱えて
グリーンラインの「向こう側」で

核戦争を止めた火喰い男と少年の物語――愛と怒りの炎を受け継いで  デイヴィッド・アーモンド『火を喰う者たち』
火喰い男と戦争の傷跡
1962――核戦争の恐怖
日常の中の暴力
祈りは世界を救うか
「火を喰う者」の遺産相続人

歴史の暗闇に眠る魂への旅――戦争責任と子ども  三木卓『ほろびた国の旅』
三木卓と満州
被害者であり、加害者であるということ
社会構造の底にいる子どもからの眼差し
親が声をあげなくなるとき

忘却と無関心の黙示録――壮絶な最期が語るもの  グードルン・パウゼヴァング『片手の郵便配達人』
元軍国少女が描く、心優しい郵便配達人
「心の医者」
七つの村の黙示録
正気を失った世界で、人間の「あたりまえ」を生きる
壮絶な結末に潜む希望

作家と作品
ブックリスト
あとがき

書評情報

いしいしんじ
(作家)
「大人の身勝手を芯から撃つ」
日本経済新聞 2022年1月30日
梨木香歩
(作家)
「子どもの目線からの記録」
しんぶん赤旗 2022年6月26日