みすず書房

レオナルド・ダ・ヴィンチをあげるまでもなく、科学と美術の親密性は高い。人間の視覚および記憶の生物学的しくみには普遍性がある。著者は古代から現代までの科学画像の歴史をたどり、やがてニューロサイエンス(神経科学)を基盤とする「実験美術史」の構築へと向かった。
眼が輝いたという聖人像。具象画を描く盲目の画家の脳の働き。ルネサンス期の人体解剖図を現代医学から見てわかること。レオナルドが左手でかいた素描と鏡文字の関連。視線の誘導を仕組んでいたカラヴァッジョの絵。高性能光学機器が可能にした顔料分析と制作当時の復元模写。
神経科学から見ると、美術作品への反応は対象の行動や感覚の疑似的再現=《体現化》という身体メカニズムの活動でもある。一枚の名画を前にして、内容や情感を認知し、その意図を理解しようとする過程の根底にある神経プロセスが明らかになりつつある。
美術史は作品が生み出された経緯や謎を探るのが醍醐味であるが、次第に人類学や歴史学、社会学などの隣接する人文学に取り込まれつつある。今こそ美術史の独立性を求めて、作品に求心的に肉薄するためにも、科学研究との協働が必要なのだ。
最先端の研究成果から、人間の知覚と美の関わりを探る。カラー豪華版。

目次

序章

一章 美術あるいは芸術家と科学の親密性
・どのような親密性があるのか
・科学画像の種類――歴史的変遷と根源的な課題
・レオナルド・ダ・ヴィンチ――芸術家と科学者の未分化の時代
・一七世紀以降、光学器具の時代

二章 美術史には科学画像リテラシーが必要か?
・二〇世紀における写真と美術の関係
・光学機器による科学的調査と美術作品の研究

三章 ニューロサイエンスの観点から美術作品を見る
・一九九〇年代からクローズアップされた美術と脳の関係
・オーリャックの聖ジェロー像の眼のかがやき
・盲目の画家エシュレフ・アルマアン(Eşref Armağan)はどのようにして具象的絵画を描けるのか?

四章 美術史はニューロサイエンスと協働できるか?
・ニューロサイエンス(神経科学)からの美術(美術史)へのアプローチ
・美術史家デイヴィッド・フリードバーグの神経科学者との協働

終章 実験美術史の試み
・科学的調査や分析化学を取り込んだ実験美術史の可能性
・ニューロサイエンスとともに歩む実験美術史の試み

コラム
カラヴァッジョの絵画は視線を誘導する(文・亀田達也・小川昭利)

人名索引
註・参考文献
初出一覧
あとがき

書評情報

福岡伸一
(生物学者)
「美術史と脳科学で〈美〉に迫る」
日本経済新聞 2022年5月21日
朝日新聞
著者インタビュー「鑑賞の謎 根源から探る」
2022年6月25日