みすず書房

今日の日本を支える先端的物理学研究のインフラとカルチャーが築かれたのは、昭和初期から戦争と敗戦を経て占領期に至る困難な四半世紀の出来事だった。それはいったい、どのようにしてなされたのだろうか。この国に基礎科学のオリジナルで強力な研究伝統が生まれたことは、世界史上、自然科学研究の非西洋圏への広まりのさきがけの一つであり、その幅広い帰結をいま、私たちは目にしている。
この歴史的事業のキーパーソンであり、圧倒的牽引力となったのが、仁科芳雄であった。本書は彼の動きを軸に、日本における現代物理学の基盤創設の道のりを詳らかにし、それをグローバルな文脈に位置付ける。上巻は物理学者・仁科の誕生と成長を追いつつ、国内外における理学・工学研究の開拓、理化学研究所および大学の理工学部門の起動、アインシュタインの理論や量子力学の登場と本邦への導入などを見る。
欧州が量子革命の只中であった1928年、日本でもこの新しい物理学が湯川・朝永ら優れた若い頭脳の関心を惹き始めていた時、N・ボーアをはじめとする欧州の第一級の研究者たちに交じって現代物理学の地平を展望した仁科芳雄が、留学から帰国する。ここに、世界的な水準の物理学者コミュニティーが生まれようとしていた。

目次

序━━仁科芳雄という出来事

I 出自と基礎
第1章 里庄の仁科家
第2章 少年時代と進路の決定
第3章 東京帝大工科大学時代
第4章 理化学研究所へ、そして物理学へ

II 渡欧時代
第5章 欧州留学と英独物理学
第6章 コペンハーゲンの物理学
第7章 相補性とクライン=仁科の式

III 量子力学の伝道
第8章 仁科の帰国と新世代の物理学者たち
第9章 量子力学の伝道者たち
第10章 仁科研究室創設と「コペンハーゲン精神」
第11章 エックス線から宇宙線・原子核へ
第12章 理論研究の始まり
第13章 台北と大阪の原子物理学
第14章 量子力学の哲学と戦前日本の知識人たち
第15章 ボーアの来日と相補性

図版出典一覧/注記

書評情報

堀川惠子
(ノンフィクション作家)
「著者は膨大な書簡や証言から仁科の思考の変遷、研究の苦悩に深く分け入り、「定説」に大幅な修正を迫る。……原爆をめぐる諸問題は長く政治的に扱われがちだった。戦後78年、ようやく日本の科学史が「事実」を積み上げ、原爆開発の内実を世に問うた。」
 
西成活裕
(数理物理学者・東京大学教授)
「類を見ない科学史の本である。仁科の生涯に合わせて多様なテーマが語られており、日本の現代物理学の幕開け、科学と戦争、巨大科学のマネジメントの在り方など、どの角度から読んでも面白い。」
 
牧野邦昭
(経済学者・慶応義塾大学教授)
「日本の科学の励起を可能にした要因は現代でも存在しているだろうか。日本の学術研究がエネルギーを失わないようにするためにも、本書は多くのヒントを与えてくれる。」
 
読売新聞 2023年8月6日 ★上記3名の書評を同時掲載(ご同意を得てここに抜粋転載)
佐田尾信作
(客員特別編集委員)
「「原爆開発」科学者の苦悩」
中国新聞 2023年8月20日
日本経済新聞(短評)
日本経済新聞 2023年9月9日

(画像をクリックすると拡大します)
中国新聞ヒロシマ平和メディアセンター 「社説・コラム」(2023年8月)にも掲載