みすず書房

帝国の疫病

植民地主義、奴隷制度、戦争は医学をどう変えたか

判型 四六判
頁数 368頁
定価 4,950円 (本体:4,500円)
ISBN 978-4-622-09675-7
Cコード C0022
発行日 2024年2月16日
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帝国の疫病

18世紀、悪名高い奴隷船ブルックス号で、奴隷たちが次々と死亡した。船医トロッターは、監禁による極度の過密状態、換気の悪さ、運動の禁止、栄養状態が、病の集団発生の原因であることを突き止めた。
奴隷船や監獄に閉じ込められ、疫病にかかった多くの人々の観察をもとに、疫学は大きな発展を遂げた。植民地の官僚機構が調査を容易にした。
19世紀、ナイチンゲールはクリミア戦争下の病院において、感染と衛生状態の関連に着目し、公衆衛生に革新的な知見をもたらした。過密空間や不衛生な環境が疫病を蔓延させることは今でこそ常識だが、その重要性を見抜いたナイチンゲールの疫学者としての功績は、「ランプを持つ貴婦人」のイメージの影に隠れた。
植民地主義や戦争が生み出した大量の人々のデータに基づいて、医学が飛躍的に発展したにもかかわらず、かれらの「貢献」は歴史の闇に葬られてきた。奴隷、植民地の人々、兵士、衣服やシーツを洗う洗濯婦などの存在は、疫学が理論化される過程で消えていったのである。疫学の発展を逆側から照射し、知られざるもうひとつの医学史を明らかにする。

目次

序章
第1章 過密な空間――奴隷船、監獄、そして新鮮な空気
第2章 歴史から消された人々――コンタギオン説の衰退と疫学の台頭
第3章 疫学が伝える声――カーボベルデで熱病を追跡する
第4章 記録管理――イギリス帝国における疫学的手法の実践
第5章 フローレンス・ナイチンゲール――クリミア戦争とインドにおける知られざる疫学者
第6章 博愛主義から人種的偏見へ――アメリカ衛生委員会の矛盾した使命
第7章 「歌え、葬られぬ者たちよ、歌え」――奴隷制度、南部連合、そして疫学の実践
第8章 言葉が描く地図――黒人兵、イスラム教巡礼者、そしてコレラ・パンデミック(1865-66年)
結論――疫学の起源

謝辞
訳者あとがき
原注
索引

書評情報

武田将明
(東京大学教授)
「医学研究の裏に無名の人々」
日本経済新聞 2024年4月6日