みすず書房

著者は「見つめる人」だ。
かつてない喪失の時代の、その底深く、
生と死の渾然とした風景とそこに佇む個人を見つめ続け、
丁寧に手繰り寄せていく。言葉で、写真で、その眼差しで。
この作品は、結晶化した「今」だ。
――梨木香歩(作家)

岩手に移住後、カメラを携えはじまった東北の祭礼への旅。そこで目の当たりにするのは、遠い時代の人が創り出し、信じられてきた、神々や仏を迎え送る豊穣な物語が役割を失い、消えゆこうとしている光景だった。
だが、今も変わらぬかたちで祭礼を続ける人たちもいる――北辺の地で死者と共に生きてきた人びとの営み、その地で己の魂と向き合い祈る人の姿。
東北の風景と人の語りが抱く死者たちを想い、今日の死生観を問う17篇。写真36点収録。

〈祭礼は人が作り出した「営み」のひとつだ。人は祭礼という「営み」を続けることで精神的な豊かさや強さを培ってきた。しかし、この変わりゆく世界のなかで、「伝統」というだけでこの「営み」が未来永劫続くと誰もが信じているのだろうか。少なくとも僕が見てきた祭礼の多くは「伝統」の前で立ち止まり、逡巡のなかにあるように思えた。もしかして、祭礼は生まれ変わろうとしているのかもしれない。だとしたら、今がその過渡期という気がしてならない。伝統のなかに遠い時代に生きた人の信仰や価値観を見出しながらも、それを捨ててでもそこに代わる新しい何か、この先の世界を生きる人にとって必要な何かを作り出そうとしている時代が「今」なのかもしれない。ただ、現在がそうした時代だとしたら、誰がその終焉を見守るのだろうという問いが僕のなかにはある。誰が受け継がれてきた営みを前にして「役割を果たした、もう十分なんだ」と声を掛け、見送るのだろうか〉(「赤倉の人」より)

『カナシイホトケ』書影(撮影・奥山敦志) © Okuyama Atsushi 2026
『カナシイホトケ』書影(撮影・奥山敦志) © Okuyama Atsushi 2026
『カナシイホトケ』書影(撮影・奥山敦志) © Okuyama Atsushi 2026
『カナシイホトケ』書影(撮影・奥山敦志) © Okuyama Atsushi 2026
『カナシイホトケ』書影(撮影・奥山敦志) © Okuyama Atsushi 2026
奥山敦志『カナシイホトケ』より © Okuyama Atsushi 2026
奥山敦志『カナシイホトケ』より © Okuyama Atsushi 2026

目次

岬の光
汀の向こう
父の手のひら
母性の匂い
冬の滝へ
赤倉の人
晩秋の茅刈り――彼の生活 1
オジナオバナ
冬から春、そして夏へ――彼の生活 2
新しい土地へ――彼の生活 3
カナシイホトケ
春日祭
タコ釣りの風景
お盆の光
ろうそくの火
やまはげの夜
あたらしい糸に

写真一覧

書評情報

鎌田祐樹
(かまたき文庫)
「伝統が役割と物語を終える時代」
京都新聞 2026年6月28日
渡邊十絲子
(詩人)
「生者と死者に流れる時、死生観に触れる」
毎日新聞 2026年7月4日
大竹昭子
(作家)
「東北 儀礼から霊魂の世界へ」
日本経済新聞 2026年7月18日
辻将邦
(共同通信社記者)
「東北の祭礼 消えゆく光景」
中国新聞ほか(共同通信配信) 7月19日
諏訪敦
(画家)
「静もれる記憶を消さないように」
芸術新潮 2026年8月号
石井美保
(京都大学教授・文化人類学)
「祭礼が生む生者と死者との交感」
朝日新聞 7月25日