みすず書房

膨張主義のもと列強が争った帝国主義戦争は、国境、そして言語圏をまたいだ大規模な人的移動を引き起こした。世界各地の地域語の話者とともに、大小さまざまの〈語圏〉もまた、網目をなすように地球を覆い、重なり合ってゆく。
租界時代の上海――上海語、北京語、広東語などの中国語に、英語、フランス語、日本語、ドイツ語、ロシア語、ポーランド語、韓国語にイディッシュ語までが入り混じっていた上海で、非日本語との不断の接触・隣接関係の中から生まれた「外地の日本語文学」には、その多言語的状況が否応なく映し出されている。
朝鮮半島に出処を持つ作家たちが日本語で書く作品がそうであるように、南北アメリカのコリアン作家の作品は、英語やポルトガル語で書かれていたとしても「韓国=朝鮮=高麗語圏文学」の名に値するばかりか、ときに「他者の言語」でありながら一種の「母語(的なもの)」であった「日本語圏」の層を抱えこむ。
言語の数だけ存在し、それでいて単なる言語割・国民文学割の各国文学の総和を意味しない文学、複数の〈語圏〉の重層性に支えられた、〈世界文学〉としか名づけようのない文学の豊かさがここにある。

目次

世界文学と日本語──まえがきに代えて

多言語都市・上海(2018年夏の「日録」より)

帝国日本のバイリンガルたち(2017年春の「日録」より)

戦後日本でだれが〈異邦人〉だったのか?
日本の・カミュ・たち
日本語文学のなかの異邦人たち
植民地の異邦人
「エトランジェの文学」の時代
マイノリティのあいだの分断
だれが「ムルソー」か?

イーハトヴの多言語性に関する覚書
賢治の日本語と異言語
日本語文学と方言、あるいは「るび/ルビ」の効用
賢治童話のなかの東北方言
人間語(国語)をあやつる二級国民たち
労使間の言語使用と種族間の言語使用

日本文学はシベリア出兵をどう受け止めたか
堀田善衞と「シベリア出兵」
宮澤賢治と「シベリア出兵」
黒島傳治と「シベリア出兵」
おわりに

世界文学と日本語の居場所
サンパウロの韓国人
「セニョール・カイーシャ」こと李箱
南米のジャパニーズとコリアン
コリアン・アメリカン文学の勢い
植民地主義と養子縁組
トラウマと物神
日本語という伏流水
棄郷者たち
語圏と文学
おわりに

あとがき

世界文学は何語で書かれるか

編集者からひとこと(WEBみすずサイト「新刊紹介」)

書評情報

西槇偉
(比較文学、熊本大学文学部教授)
「狭間の文学」から浮かぶ傷痕
熊本日日新聞 2026年5月17日
中村和恵
(明治大学教授)
「何重もの言語領域渡り歩く」
日本経済新聞 2026年6月6日