みすず書房

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『イリヤ・カバコフ自伝』

60年代-70年代、非公式の芸術 [10月23日刊]

ここに登場する芸術家たちは、日本ではほとんどが無名ではあるが、カバコフの記述によって、新たな生命を与えられたかのように、生き生きと異彩を放ってその姿をあらわしている。こうした芸術生活の実態を、ソヴィエト連邦解体以前には、なにも知ることはなかった。
映画、演劇、音楽、文学などはともかく、こと美術の世界に関しては、1920年代のことであれば、ロシア・アヴァンギャルドとして、はっきり認識することができる。ところが60年代、70年代のソヴィエト現代美術がどのようなものであるのか、だれも関心をよせなかった。
しかし、1990年前後に、封印が解かれたかのように、ソヴィエトの地下の美術の世界が、その作品とともに、我々の前に降り注ぐように出現してきたのは記憶に新しい。カバコフはその旗手の一人。 公式と非公式、恐怖や生活が交差するモザイク的統一性とでもいうべき世界の構造を手繰りよせながら、彼が同伴した、あるいは目にした、そしてともに生きたモスクワの地下芸術の世界は、同時代人の芸術と、カバコフ自身の作品の構造分析になっており、同時に時代の証言にもなっている、さらに驚くべきことに、これらの記述は、90年代に入って次々に実現してゆく彼のプロジェクトの鍵をとき明かしてもいるのだ。
ソヴィエトの地下芸術の豊穣さについて、雄弁に語っているこの証言は、極めて異様な時代像を示しているが、もしここでこのように証言を残さなければ、彼らの生きた時代の芸術と芸術家たちの生活は、何もなかったことになってしまうだろう。 もし歴史の歯車が別の形で動いていたならば、我々はこの記録をかなりあとになって、廃墟から見出された古文書のように読んでいたかも知れない。欧米や日本とはまったく異なった世界像なのだ。この意味で本書は、60-70年代に関する未曾有の書であり、20世紀をどのような歴史的布置で捉えるべきかを巡る論争に投じる大きな一石となろう。
訳者の注釈を随所におさめ、読者への適切な道案内となっている。

1933年に旧ソ連に生まれ、ニューヨークを拠点に国際的に活躍している現代作家カバコフの証言。『イリヤ・カバコフ自伝――60年代-70年代、非公式の芸術』(鴻英良訳)を10月23日刊行いたします。

展覧会のご案内

「イリヤ・カバコフ 世界図鑑」展が、神奈川県立近代美術館(葉山)で11月11日(日)まで開かれています。カバコフの絵本作家としての創作を世界で初めて本格的に紹介するこの展覧会で、活動初期から手がけてきた美しい絵本原画約900点が展示されます。
(ほか全国3館巡回予定)
http://www.moma.pref.kanagawa.jp/museum/index.html




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