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富田玲子『小さな建築』

「小さな建築」とは、建物の大きさのことではない。建物が威容を誇り、中にいる人がたんなる一要素になってしまう空間と対極の考えだ。それは、建物の形や素材の決め方によくあらわれる。

たとえば「うらら保育園」。この保育園の床は畳敷き、仕切りは障子、ベランダは木製。すべてやわらかい素材を使っている。
「幼児は手で触ることで世界を認識します。ですから触ってどのように感じるかがとても大切なのです」と富田玲子は言う。障子は何度も破かれて、そのたびに保育士が張り替えていた。しばらくすると、幼児たちは障子のそばでは激しい動作をしなくなった。自分よりも弱くやわらかいものが傍にあることに気づいたようだった。

小学生になると、子どもの心も身体の動きも複雑さを増していく。それにあわせるように「笠原小学校」には様々なスケールの空間がつくられている。柱の根元には一人用のベンチ、廊下には二人用のおしゃべり小屋、教室には十人用の電車小屋。子どもたちは校庭で元気に駆け回ることもあれば、小さな隠れ場所でひっそりしていることもある。「私は、いつまでもこの笠原小に住んでいたいです」(6年 吉岡茜)。

「私たちはかつて老人だったことはありません」。老人ホームの設計の原則は、どの部屋にも庭をつくって自然に外への一歩を踏み出せること。襖でやわらかく仕切られた自分の居場所があり、その向こうに人の気配がすること。トイレは身近に、こまめに、何気なく。壁は真っ白ではなく土壁に、そのほうが住人が美しく見えるから。誰にとっても老いは未知の世界ならば、不安は少なく、楽しみは多いほうがいい。

人は生まれてから老いるまで、体も心もどんどん変化し、さまざまな人々に出会い、歴史を重ねていく。そんな人が主役の建築は、建築家が与えてくれるのをただ待っているだけではできあがらない。大人として子どもにどんな空間を贈りたいのか、老いるとはどういうことか、どんな場所を心地よいと感じるのか。富田玲子は住み手と何度も話し合いを重ね、イメージを引き出し、夢を鍛え、建物という形を創りあげる。「小さな建築」とは、人間活動を形にしていく創造的な喜びであり、つまり生きることそのものなのだ。




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