みすず書房

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『風見章日記・関係資料』

1936-1947 [北河賢三・望月雅士・鬼嶋淳編]

政治家・ジャーナリスト風見章(かざみ・あきら)は、日中戦争下に近衛文麿首相の側近をつとめた。1936年(昭和11年)から1947年(昭和22年)にかけて書かれたこの日記・手記の公刊は、「近衛内閣 戦火拡大の内幕」「大政翼賛会 結成の裏側」を明らかにする貴重な昭和史研究資料として、いちはやく朝日新聞2008年3月10日(月)の社会面と、読売新聞2008年3月17日(月)の文化面とに、ともに大きくとりあげられた。

『風見章日記・関係資料』内容見本より


「国民政府を対手にせず」。盧溝橋事件から日中戦争の泥沼化、第二次世界大戦の勃発、太平洋戦争、そして敗戦。近衛文麿内閣の書記官長・司法大臣として対中国政策の渦中にあった政治家・ジャーナリストが遺した日記・回想記など資料34編(1936-1947)。政治史・軍事史はじめ、昭和史研究にとっての画期的資料を、ここに公刊。

本書は「第一部 日中戦争と近衛内閣」「第二部 アジア・太平洋戦争と敗戦」および「付録 手記「信毎時代」」から成る。
第一部は、昭和11年8月の中国旅行の回想から、翼賛選挙への出馬を見送った昭和17年6月までの日記・手記、関係資料を収録した。この時期の風見は、第一次近衛内閣で内閣書記官長、第二次近衛内閣では司法大臣に就任し、昭和15年の新体制運動ではその推進役として活躍するなど、政界の最も中枢に位置した政治家の一人であった。風見の政治家人生の中でも最も激動に満ちた時代でもある。
第二部には、昭和17年1月から敗戦後の昭和22年3月までの日記・手記・論考を収録した。昭和17年4月の翼賛選挙への立候補を断念し、在野の人間として過ごした時期の記録である。政局に関する記述は、日ソ関係の論考などを除くと少ないが、それに代わって、戦時下の家族の生活や社会情勢・世相に関する記述が増える。迫真の事実記録であり、鮮かな情勢分析となっている。
「付録」は信濃毎日新聞の主筆時代、大正11年夏頃から昭和2年の回想録で、風見の見た関東大震災の現場報告は、貴重かつ圧倒的な臨場感あふれる記録である。

長年のあいだ風見章とその私設秘書・志冨靭負の遺族のもとに所蔵されていた関係文書が、2007年に早稲田大学大学史資料センターに寄贈されたことで、本書の刊行が可能になった


風見章 昭和15年10月13日


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