みすず書房

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『ヒーリー精神科治療薬ガイド』

[第5版] 田島治・江口重幸監訳/冬樹純子訳 (7月24日刊行)

精神科の治療薬はどんどん身近になっている。ネット上には、「抗うつ薬を飲みはじめてから、かくかくしかじかという具合なのですが、抗うつ薬の副作用でこういうことも起こるのでしょうか?」といった疑問がいくつも上がっている。抗うつ薬の場合には、ふらつき、吐き気、眠気、注意散漫、記憶力の低下、混乱などの訴えが目につくが、薬への反応は個人差があるから、自分の症状がいわゆる副作用に当てはまるかどうか判然としない場合も多いようだ。もし薬の副作用を副作用と気づかずに、自分の病気の症状が悪くなったせいだと勘違いしたら、本人にとってこれほど辛いことはないだろう。SSRIが惹起する攻撃性・暴力性のように、副作用に起因する問題がパーソナリティの問題と勘違いされかねない場合はさらに深刻だ。

だからこそ、服用している“本人の感覚”に注目して書かれた副作用ガイドが必要になる。近刊の『ヒーリー精神科治療薬ガイド』はそのニーズに応えるものだ。抗精神病薬、抗うつ薬、気分安定薬などの種類ごとに、精神科で用いられる薬の使用感や副作用を詳細に解説している。たとえば上記の“ふらつき、吐き気”に関連しそうな副作用項目として「起立性低血圧」と「悪心」があり、後者の記述の一部を紹介するとこんなふうになっている:

「SSRIはほかの薬に比してはるかに悪心および消化不良を起こしやすい。SSRIを服用している人の25%近くに、船酔いをしているような感じが生じる。この感覚は2~3日で徐々に消えていくが、なかには実際に吐いたり、いつまでも消えないで残ったりといったかなり厄介なケースもある。そのような場合は服薬を中止する必要があるだろう。ちなみに、この副作用はアジア人の集団でより厄介なようである。」

本人や家族しかなかなか気づかないような副作用、それでいて生活の質(QoL)に紛れもなく影響するような副作用はたくさんある。この本ではそういった、起こりうるさまざまな副作用の一つ一つが丁寧に解説されている:

「抗うつ薬の、めったに取り上げられない副作用に歯ぎしりがある。寝ている間に歯ぎしりをする人は大勢いるが、抗うつ薬(特にSSRI)のなかには日中起きている間にも歯ぎしりを引き起こすものがある。ひどいときには歯茎にかなりの痛みを生じるほどだ。義歯なら、恥を忍んで外すこともできなくはない。ときには歯が磨り減るという厄介な事態に発展することもある。」

著者のヒーリー博士といえば、日本では『抗うつ薬の功罪』が先に紹介されて反響を呼んだ。『功罪』のほうはSSRIの副作用が過小評価されてきた問題をとりあげた本だが、そこで博士が提示しようとしていたのは“SSRI叩き”のような短絡的な論理ではなかった。そのことは、原書の刊行時期でいえば『功罪』よりずっと先である『ヒーリー精神科治療薬ガイド』を読めばいっそう明らかだ。薬には必ず副作用がある。だからこそ、薬をどう使えば服薬の「メリット」が「リスク」を上回るのかを、ヒーリー博士は考え抜いている。

「離脱反応をうまくコントロールするためのアドバイスは、どのグループの向精神薬にも共通する。つまり、どのような症例、どのような種類の抗うつ薬であろうと、投薬を中止する場合は少しずつ減らしていくこと(漸減)、決して急に中断しないこと、という標準的な注意である。離脱症状がはっきりしている場合や疑われる場合は、さらにゆっくりと減量を進めていく。」 「また、中断するかどうかの決定は、その患者が再発したときにどのような種類の問題が持ち上がるか、薬という防御壁のなくなった患者の手に負える環境であるかどうか、といったことも考慮する必要がある。」

ここまで「副作用ガイド」という側面ばかり紹介してきたが、本書は薬の薬理作用や特性について総合的に解説している。薬を服用している人やその家族だけでなく、医師や看護師、研究者の方々までが、薬理を理解するうえで役立つ目の覚めるような指摘や、治療と薬の関係についての深い洞察を本書に見い出せるのではないか。とにかく、書店で手にとって、まずは関心のある項目を読んでみてほしい。




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