みすず書房

〈突然、現代ギリシャの詩が私を捉えた。古代の間違いではない。現代ギリシャが、2人のノーベル賞詩人セフェリスとエリティスを初めとする優れた詩の源泉であるという知識はかねてあった。だが遠い世界だった。第一、私は詩人ではない。

若い友人の結婚式のスピーチを考えていた。甘美で格調のある祝婚の詩はめったにない。たまたま英訳エリティス詩集が書架にあった。たちまち冒頭の「エーゲ海」に吸いこまれた。なんとか日本語にした。結婚式のスピーチ代わりにはなる程度のものができた。次のページをめくった。次も。私は魅了された。空と海と鷗と白い島と。乾いた夏と湿った冬と。太陽と裸体とセミと星明りの夜ときつく匂う草と。独特の漁船と生乾きの海藻の香と。そして何よりも風。庭を吹き荒れ、樹を揺るがせ、平原をこうこうと吹く風があった。舞い、ひるがえり、一瞬停止し、どっと駆け出す風のリズムがあった。……

今なぜ訳に深入りしたのか、ほんとうは自分でも分からない。……貴重な酒のように詩集の残りの少なさを惜しみながら訳して行って、他の2, 3の詩人たちにも及んだのはどうしたことか。……有名な英訳群の後をあわててやり直した現代ギリシャ語による原文読みが息せき切って追い掛けた。私の中にはたしかにリズムが鳴っていた。ほとんど新しい体験だった。30年ぶりであった。……私にはひさしぶりに“私の詩人”に出会ったという感覚があった。〉
(中井久夫)

精神科医の業余に情熱を注いだカヴァフィスの56詩、リッツォス、エリティスの各20詩、セフェリス11詩、シケリアノス1詩。ラテン・アメリカと並んで、今もっとも光っているギリシャ現代詩の精気を捉え、その響きを伝える絶妙の邦訳。

[初版1985年11月1日発行]

目次

カヴァフィス

1911年以前
壁 1896
祈り 1898
大いなる拒絶をなせし者…… 1901
窓 1903
テルモピュレ 1903
野蛮人を待つ 1903
憧れ 1904
声 1904
デメトリオス王 1906
単調 1908
足音 1909
「市」 1910
総督領 1910
イオニア 1911
三月十五日 1911
神 アントニウスを見捨てたもう 1911
イタカ 1911
愛希家 1912
アレクサンドリアの王たち 1912
帰ってくれ 1912
教会にて 1912
せめて出来るだけ 1913
店のためには 1913
はるかな昔 1914
朝の海 1915
しかし賢人はまさに起ころうとすることを認知する 1915
テオドトス 1915
オロフェルネス 1915
マヌエル・コムニノス 1915
街路にて 1916
イグナチオスの墓 1917
詩人アンモネス、六一〇年没、享年二九歳に 1917
彼等の神々の一柱 1917
宵闇 1917
アチュルの月に 1917
カイサリオン 1918
忘れるな、身体よ…… 1918
ネロの生命線 1918
九時から 1918
午後の日射し 1919
船上にて 1919
亡霊たちを招く 1920
ダレイオス大王 1920
名哲学者の学校出 1921
小アジアの田舎にて 1926
さるギリシャ大植民地にて、紀元前二百年 1928
紀元前二百年 1931

拾遺詩篇
ユリアノスと神秘 1898
精神の成長のためには 1903
一九〇三年九月 1904
一九〇三年十二月 1904
アントニウスの最後 1907
人知れぬもの 1908
ギリシャより帰郷する 1914
亡命者たち 1914
半時間 1914

リッツォス

『括弧』1946-47
単純性の意味


いつの日か、おそらく
理解
ミニチュア
三幅対

『括弧』1950-61
幼年時代―回復期
忘れられていた優しさ

『証言』A、1963
孤独な業

『証言』B、1966
いつの日かの休日
見知らぬ部分

屈伏

軽やかさ
残骸
仕事を果たす

『証言』C、1966-67
井戸のまわりで

『タナグラの女たち』1967
陶工

エリティス

『定位』1941
エーゲ海
七つの夜想曲
記念日
エレニ
日の青春
サントリーニ島讃歌
岩の小舟溜まり
青い記憶の歳
エーゲ海の憂愁
ポイオチアの形象
狂えるザクロの木

『まず太陽』1943
その夜をもはや知らぬ……
夏の身体
艶やかな日、声のホラ貝……
コリントの太陽を飲む……
私は愛する名に生きた………
マルメロの林にたゆとう風……
日がな一日野を歩いた………
石と血と鉄とで……

『アクシオン・エスティ』1959
アクシオン・エスティ、創世記より

セフェリス

『転回点』1931 より
愛の歌

『ミシストレマ』1935
アルゴナウトの人たち
眠り
もう少し先に行けば見えるよ……

『練習帳』1940
苛酷な瞬間と瞬間との……
海の洞の中には………
海を捜さなくていい……
栓をひねると出てくる温水は……

『航海日誌一』1940
ジャスミン

『航海日誌二』1944
カリグラフィー

『航海日誌三』1955

シケリアノス

バーン