みすず書房

「戦後精神の経験」I・IIは、著作集の他の巻に収録されたものを除き、単行本未収録の諸編をも補い、著者のほぼ全著作を綱羅し、発表年代順に編成したものである。これによって本著作集は、全集に近いものになった。そのうち、このIには、1950年から1966年までの、論稿を収める。いわば「高度成長」以前、「戦後」の、希望とともに始動した著者の精神の運動が、或る転回点を迎えようとするまでの軌跡である。

加藤周一氏は、著作集に寄せられた推薦文に、次のように書かれた。「表現は、明瞭かつ正確であると同時に、一種の『知的誠実』とでもいうべきものに貫かれている。そのことの背景には、ミッシェル・フーコーの意味でのあらゆる権力の操作に対する抵抗ということがあるだろう。『藤田省三著作集』は、戦後50年の日本国においてさえも可能であったところの精神の独立を、ついにやむことのなかった批判精神の鮮やかなはたらきを、見事に証言するのである。」

読者はそのことを、ここに収められた学生時代の書評からも、研究会の報告からも、また60年安保の時の証言からも、ひとしく切実に感じとられるであろう。そして、著者の思考の現在における到達点を示す序章「松に聞け」の地点に立って、そのことについて再考せずにはいられないであろう。それだけの力がこれらの文にはある。