みすず書房

「通常文字に傳へられてゐない史料は説得力が弱いと見られてゐる。しかし文字の及ばないところに音楽が生れ、美術が生ずるのではないか。書かれなかつた事は無かつたといふ證據にはならない……更に文字の傳へなかつたところを美術が——ギリシアに於いて特に——補つてくれる。否補ふといふより、文學の語らないものを語つてゐるのである」(「石の語る言葉」)。
はるか留学時代を偲びつつ、フィレンツェ・ヴェネツィア・シチリアの旅を瑞々しく回想した「イタリアの宿」をはじめ、イタリア所在のギリシア墓碑、白地レキュトスに於ける死者の表現、さらに美術史研究の核心に迫る芳醇なるエッセー「ヘゲソの鼻」「石の語る言葉」など、珠玉の八篇を収録。ギリシアの墓碑に普遍的な人間の心性を透視した碩学のモニュメント。

書評情報

篠塚千恵子
毎日新聞「この3冊」2012年11月18日(日)