みすず書房

「1989年に冷戦が終わり、驚くべき一致で昭和天皇が逝去した。40年以上続いた冷戦の終了は何をもたらしたか。〈社会主義〉という壮大で過酷でもあった実験が失敗の烙印を押されて終わっただけではない。対抗社会主義であった福祉国家も終わった。ケインズ主義も終わった。そして、冷戦の文脈における日本の存在価値も終わった。冷戦における最前線基地であり、西側世界の一つのショウウィンドウでもあった日本は、それに関する限り〈無意味化〉した」(はじめに)

1990年以来、著者は『神戸新聞』に年に4回「清陰星雨」という連載を続けてきた。冷戦構造の解体から、阪神淡路大震災、オウム真理教、少年犯罪の数々、そして〈9・11〉。このような状況のなかで、この国の元気は次第になくなり、個人も家族も企業も社会も国家も、心の病を訴え、心のケアが主題となってきた。

精神科医・中井久夫はこの十余年をどのように見つめてきたか。連載エッセイのそれぞれに新たなサブテクストを書き下ろした47篇は、現代に生きる意味を立体的に伝える。

目次

1990年以後の世界——はじめに

人間であることの条件——英国の場合
ささやかな中国文化体験
「故老」になった気持ち
戦後に勇気づけられたこと
ロシア人
花と時刻表
国際化と日の丸
一夜漬けのインドネシア語
ワープロ考
外国語が話せるということ
冷戦の終わりに思う
一医師の死
ある少女
戦時中の阪神間小学生
新制大学一年のころ
雲と鳥と獣たち
旗のこと
日本に天才はいるか
文化を辞書から眺めると
阪神大震災に思う
震災後150日
学園の私語に思う
震災後の動植物
移り住んだ懐かしい町々
いじめについて
医師は治療の媒介者
ロサンゼルスの美しい朝
日本の心配
定年を迎えて
秋田に行く
昭和72年の歳末に思う
日本人は外国語がなぜできないことになっているのか
「良心」をめぐって
本棚一つの詩集たち
気骨ある明治人の人生——父方祖父のこと
もう一人の祖父のこと
文化変容の波頭——米国で続発する大量殺人の背景
国民性とこれからの日本
続く不安定と予測不能時代
神戸の含み資産
「起承転結」と「起承「承」結」——日米文化の深い溝
犯罪の減少と少年事件
二十世紀を送る
大国に囲まれた「経済大国」
「バカげた質問」ない米国——日米の「問う文化」
2001年9月11日深夜
記憶の風化ということ