みすず書房

「酒鬼薔薇少年は特別な人間である」という考察が「人間というこの不可解な生きもの」を探求する連作の始まりだった。それから5年、ジョイスとシュレーバー、悪の類型論、真の自己と二人の大他者、倒錯としてのいじめ、ロマン主義・倒錯・アノミー、ナルシシズムという倒錯、愛の深層、そして豊川主婦刺殺事件を論じた「空虚感からの脱出」まで、本書を通読するとき私たちは、著者の緻密強靭な知性と、自らの経験に裏打ちされた洞察力に圧倒される。

レヴィナス、ラカン、ジジェクらの理論を援用しながらも、本書を貫いているのは著者をとらえて放さない「動機のよくわからない犯罪」への関心である。その後も起こる「少年犯罪」の主たちを、社会の反映としてではなく欲動の犠牲者として見ること。それは被害者の報復感情を無視するのではなく、「社会」に加えて「人間」というパースペクティヴを用いることである。現象の底にある本質を考えるために、人間を生成(becoming)の立場から見るために。社会学の枠を越えた〈作田人間学〉の達成にして現在進行形がここにある。