みすず書房

発生学から専攻を転じ、“科学史のセミプロ”を自称しながら往く人の少ない生物学史研究の道を切り拓き、近年はむしろ狸や河童などの歴史民俗学的研究に関心の中心を移したように見える著者だが、しかしその歩みは科学の外あるいは科学以前も含めた生物認識・生命観の歴史という、大きな構図のもとに終始連続している。本書はそのうちで著者が長く探究の対象に選んできた生物学史の論文を編むものである。

近代生物学の成立期を19世紀におく見解もあるが、著者は近代科学の形成と軌を一にした17世紀成立説をとる。17世紀前半の典型的な人物はウィリアム・ハーヴィであり、ハーヴィの血液循環論の着想・実証・修正の過程を綿密にたどれば、生物学の近代と古典古代をわかつ質的転換はヴェサリウスらに始まる比較解剖学・生理学の成立であり、ハーヴィの第一の業績は血液循環の発見ではなくそれをもたらした実験的方法であり、機械論的自然観は近代生物学の誕生に決定的役割を果たしてはいない。

ナチュラルヒストリーの側から科学革命を再考する視点と、真摯で飾らない人柄が生物学と生物学史に爽やかな風をおくる。

目次

I 近代生物学の成立過程
近代科学の成立過程
一七世紀の生物学
近代生物学の成立

II ウィリアム・ハーヴィ研究
ウィリアム・ハーヴィ
ハーヴィとその生理学説
ハーヴィ その生物学史上の地位
ハーヴィ研究の現状

III ハーヴィをめぐる人たち
フランシス・ベーコンにおける生物学思想
デカルトのハーヴィ評価
ロウアーの生理学
ウィリスとロウァーの生理学説——とくに心臓運動論について
機械論的生命観の系譜と現状

IV 生物学史の断章
ソヴィエト哲学と生物学
日本の分子遺伝学前史
血清療法の先着権
栗本丹洲『千蟲譜』の原初型について
設楽芝陽は実在したか

あとがき