みすず書房

灰色の魂

LES AMES GRISES

判型 四六判
頁数 272頁
定価 2,420円 (本体:2,200円)
ISBN 978-4-622-07114-3
Cコード C0097
発行日 2004年10月20日
備考 現在品切
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灰色の魂

2003年から2004年にかけてフランス文学界に〈事件〉を巻き起こしたベストセラー小説。舞台は第一次大戦下の小さな町。冬の運河に浮かんだ10歳の美少女の死体から始まる「私」の物語は、あるいは時代をさかのぼり、あるいは後日談を明かしながら、さまざまな人間模様を綴ってゆく。謎解きは幾重にも絡み合い、読み出したら止まらない。この手記を書いている「私」とは誰か? パンクロック世代の作家が圧倒的な力量で書き上げた本作は、哀切きわまりないラストに向かってひた走る。

編集者からひとこと

思っていたとおりの人だった。よく鍛えられた身体に、形のよい頭が乗っている。やさしい目には光があって、笑顔は人なつこい。

昨年10月に小社から翻訳刊行された小説『灰色の魂』は、「文芸ミステリーの中でも私のベスト1」「読後に深く重い感動を誘う逸品」「巧妙で精緻、古典的な風格さえある」「静かなミステリーの佳品」など、日本でも多くの賛辞によって迎えられ、年のうちに版を重ねることができた。本国フランスではもちろん、ヨーロッパ内外の言語に翻訳された『灰色の魂』は、デビューが早いとはいえない作家フィリップ・クローデルの名を、世界中に知らしめたのである。

そのクローデルが、日仏学院の招きで4月に来日、京都の講演のあと、飛騨高山での休日を過ごしてから東京にやってきた。週明けの早稲田大学に始まり、日替わりのテーマで毎晩講演をつづける彼と、食事を共にする機会を得た。いろいろ面白かった。翻訳者の高橋啓さん、エージェントのコリーヌ・カンタンさんのおかげで、聞き出せたことも多い。

まずはいっしょに来ていた家族のこと。夫人のドミニクは、最良の編集者だ。原稿を読んで、感想だけでなく、綿密なチェックをする。だから、出版社に渡してからは、一言一句直させない(ほんとかしら)。7歳になる養女のクレオフェはヴィエトナム人の女の子。黒い目が賢そうで、お父さんの講演中は静かにノートに絵や字を書いていた。

そして本人は、八海山や浦霞を、くいくい飲む。日仏学院のブラスリーでもワインでなく、サケ! 登山とトライアスロンを好むというので、たくましい二の腕に触りながら「アイアン・マン」のつもりで「ロム・ドゥ・フェール(鉄人、一徹な男の意もあり)」とお世辞を言ったら、今は「ロム・ドゥ・グレース(脂肪男)」だと、即座に返された。

小説の冒頭、川から上がった、「昼顔」と呼ばれる少女の死体のわきで、検死に来た判事が半熟卵を食べるシーンがある。なぜ半熟卵なのか? 「ちょうど、ホテルであそこを書いているとき、朝食にやわらかい卵を食べたんです。ふだん、家で食べているのよりやわらかいのを久しぶりで。小説には、そんなものが入り込むこともある。」

どうして大手ではない出版社から? 原書を出したストック書店は、社員が15人ほどで、「経理や総務の人も知っている。みんな素晴らしい人だ。あまり大きな出版社だと、知らない人が多いから、どこかなじめない」という。

これだけのベストセラーを出すと、次の作品へのプレッシャーがかかるだろうと思いきや、もう書き上げていた。ストック書店から9月に出される新作『リンじいさんの小さな子』は、ミステリーではない。今日の世界のありようを限られた空間と時間に凝縮しながら、静かな筆致を重ねて圧倒的なラストに向かってゆく抑制された力量は、フィリップ・クローデルが21世紀の大作家であることを、あらためて広く示すにちがいない。

なお『灰色の魂』の映画化は順調に進み、撮影は終えて現在編集中だそうである。孤独な検察官デスティナを演じるのは、『めぐり逢う朝』で音楽家サント=コロンブをみごとに演じた名優ジャン=ピエール・マリエル、フランス全国での公開は、やはりこの秋と聞いた。(2005年5月 編集部・尾方邦雄)