みすず書房

「ぼくらはやっぱり国家と状況と両方をこえていくという視点が根本的に必要で、それは人間が問題なんだという、人間の核心や人間の経験、いろんな繊細な局面をもつ人間の経験の多面性の襞のなかに入るということが、おそらく私たちの課題だろうと思うのです」

1998年完結の『藤田省三著作集』以来、その全体像に新たに息を吹き込む対談・座談のセレクション(全3巻)。最終巻にあたる本書では、はじめて活字化された丸山眞男との会話から、「思想の科学」天皇制特集号冒頭の掛川トミ子との対談、オウム問題を有田芳生と語った対話までの全13篇を収録した。「市民的自由」の意味をラディカルに問い続けた思想家が宗教、教育ほか同時代の世相をみつめた35年間の記録である。解説・宮村治雄。巻末に「藤田省三著作目録補遺」を付す。

目次

I
「人間と政治をめぐる断章」丸山眞男
II
「わが同時代観」出隆
「日本縦横談」開高健
「現段階の天皇制問題」掛川トミ子
「民族主義は有効か」橋川文三
「民衆のイメージ」神島二郎/廣末保/針生一郎
III
「日本的現実の一断面——創価学会」石田郁夫
「器量こそが問われている」小田実
「戦後教育の批判——絶望的な対談」安田武
「戦後の日本——その虚像と実像」多田道太郎/安田武
IV
「『転向』以降の転向観」大野力/後藤宏行/高畠通敏/鶴見俊輔/安田武/山領健二
「朝を見ることなく——徐兄弟の母 呉己順さんのこと」李恢成
「オウムを生んだ日本社会」有田芳生
解説 宮村治雄
藤田省三著作目録補遺

編集者からひとこと

冒頭の対談「人間と政治をめぐる断章」は、藤田省三さんがなくなられた後に遺品のなかから発見されたテープを起こしたものです。日時は1960年4月4日。有斐閣「人間の研究」シリーズ第4巻『人間と政治』の編集にあたり、丸山眞男先生がゼミ卒業生の藤田さんに原稿依頼した際に録られていて、たとえば「書評形式でなら書きます」という藤田発言に難色を示した丸山編集長が「どうしてそれにこだわるんですか」というところ。

藤田: 日本では(…)書評がひとつの作品になりうるという考え方がないでしょ。向こうだとトレルチだって……。

丸山: うまい理屈つけるなあ。

藤田: いや、むかしからそうなんですよ、ぼく。マイネッケとかトレルチだって一冊の本になって、書評がもう永久に信用されるでしょ。そういうふうなことを、学問のほうでも、文学書評だけでなくてつくりたいんです。

この書評形式の点で両者は一歩も譲らず、その後の話題は原稿のテーマから脱線して、いわゆる「ダベリング」となって膨らんでいくのですが、このさわりひとつとっても、なかなか興味深いやりとりではありませんか。藤田さんの書評形式へのこだわりは知られていますが、なるほど源はここにあったのか、と思わせられます。ちなみに『人間と政治』は翌年に刊行されましたが、藤田さんは執筆していません。