みすず書房

「生きようとする自分を経験すること、僕の登山のオリジナルは今でもそこにある。絶対的な経験の先にある感情の起伏にこそ、心を物理的に動かしてゆく力がある」。

ハットリ・ブンショウ。36歳。サバイバル登山家。フリークライミング、沢登り、山スキー、アルパインクライミングからヒマラヤの高所登山まで、オールラウンドに登山を追求してきた若き登山家は、いつしか登山道具を捨て、自分の身体能力だけを頼りに山をめざす。
「生命体としてなまなましく生きたい」から、食料も燃料もテントも持たず、ケモノのように一人で奥深い山へ分け入る。南アルプスや日高山脈では岩魚や山菜で食いつなぎ、冬の黒部では豪雪と格闘し、大自然のなかで生き残る手応えをつかんでいく。「自然に対してフェアに」という真摯な登山思想と、ユニークな山行記が躍動する、鮮烈な山岳ノンフィクション。

「彼の本能むき出しのような行動のなかに、人が山に向かう理由とそのヒントが隠されている気がしてならない。(…)この本を読むと、人間もあくまで動物の一員であるというあたりまえの真実を、思い知らされるにちがいない」 序文・山野井泰史。

目次

序文 服部文祥とその登山……山野井泰史

序章 知床の穴

I サバイバル登山まで
満ち足りた世代
  野遊び/生きる実感/K2登頂/サバイバル登山の源流
肉屋

II サバイバル登山
サバイバル始動
  現地調達の山旅/空腹/三峰川の夜
サバイバル生活術
  シンプルライフ/岩魚釣り/山菜/単独
日高全山ソロサバイバル
  入山/方法論/台風襲来/北部縦走/中部溯下降/襟裳岬へ

III 冬黒部
黒部とは
21世紀豪雪
  北薬師東稜/亀裂/逡巡/生還
三つの初登攀
  中尾根主稜/滝ノ谷/袖ノ稜

日高のあとの話、もしくは少し長いあとがき

著者からひとこと

みなさん、こんにちは。『サバイバル登山家』著者の服部文祥(はっとりぶんしょう)です。再びお目にかかれて光栄です。

どうですか、少しは読めるモノに仕上がっていたでしょうか。え? まだ『サバイバル登山家』を読んでない? 一応、お堅いことでは有名?な版元のみすず書房がGOサインを出したんだから、目を覆うひどいモノではなかったんだと、書き手は信じております。すぐ注文してください。

とはいえ、あのタイトルと表紙です。みすずらしくないと思った方々は多かったのではないでしょうか。実は私、みすず書房の営業部と一緒に書店周りをしました。新刊のチラシを持って書店を訪ね、こういう本を出すのでおいてください、と頼んでまわるのです。自分の本を自分で薦めるというのも恥知らずな行為ですが、そんなことより、まず話題になるのは、表紙とタイトルです。今の時代「登山家」を名乗るだけでかなりおかしなやつなのに、「サバイバル」がついてさらに混乱を深め、しかもあの写真です。クマのように魚に食いついていると思う方が多いようですが、あれは岩魚を食べているのではなく、捌いているところですので念のため。

ほとんどの書店員さんも、タイトルと表紙の写真を見て、言葉を失っていました。その顔には「みすず書房は難しい本を作りすぎて、良心のタガがはずれてしまったらしい」と書いてあります。仕方ないですね。というわけで今では「知的使命感に燃える版元のイメージを逆手に取った」なんて、自分で揶揄ってます。結構哲学的なことも書いたつもりなんですけど……。

実をいうと表紙の写真が実際にああなるまで、けっこう揺れ動きました。制作のかなり後半、戻るならこれが最終便というあたりで「やっぱりもう一度、表紙の写真、考え直しませんか」と担当にメールしたんです。あの表紙では逆に反感を買うのではないかと、弱気になったためです。でも担当は「絶対大丈夫だから」ととりあいません。「出る直前には不安になるものだよ」と。
「出る直前には不安になる」
いい言葉ですね。人生の真理です。毎朝トイレで実感してます。
でも僕はそのとき「妊婦じゃないんだよ」と心の中でつぶやいていました。しかしそれは結局言うこともメールすることもできませんでした。

さて出てみると、僕の心配は杞憂……には終わらず、本を手にした山仲間から、やんわりとではありますが次々に「なに?あの表紙」という非難の声が届きました。
どうやら18年間の登山人生(じつに実人生の半分)を、5年の歳月で書きつづった僕の処女作は、このまま闇に消えてなくなるみたいだな、とかなり落ち込んだものです。

だが、見る目がないのは僕の仲間たちでした。世の中では不評どころか、自分で言うのもなんですが、控えめに言っても好評だったのです。発売10日で読売新聞に書評が出て、それに続くようにいろいろなメディアで取り上げていただきました。今後も週刊ポスト、中日新聞、東京新聞、朝日新聞横浜版などなどで大小さまざま取り上げていただけそうです。ありがたいです。いろいろなブログでもネタにしていただいて、最近は、知らない人が僕の本をどう読んでいるのか、検索をかけるのが、趣味になってしまいました。

あるクライマー(27歳)のブログ。『そう、服部氏には、正直感服しました。それは単に山行自体が超越的だというだけでなく、非常にピュアなインセンティブで山と向き合おうとしているからです。レベルこそ違えど、(比較するなど大変おこがましいのですが)私が今まで読んだ登山家の登山観で、一番私自身の感覚に近かった。だから、読んだ後は、何よりも「嬉しさ」が込み上げてきました。』日経ビジネスオンラインの書評。『自分自身の体験の中から服部は、ごく単純な、それでいて自然を統べている真理にたどり着く。何日ぶりかのイワナを釣り上げて、即時に命を奪ったときに、「能力が出来高に直結する」と。たき火の傍らでの哲学だな、これは。』(松島駿二郎)

うん、褒めすぎですね。というわけでブックフェアで本にサインを書いたり、発売2週間でめでたく重版になったりという行事も重なってくると、発売直前に「表紙大丈夫かな」とか泣き言を言っていた弱気が一転、謙虚な心を見失っていきます。 あげく「2週間で重版がかかる本なんか今までみすずにあったんですか」なんて、口を滑らしてしまい、いやはや、営業部長と担当編集者は、完全に動きがとまっていましたよ。(*そりゃあ、ありましたよ、いろいろと。——営業部長・注)

『サバイバル登山家』は僕の処女作です。本を出すのははじめてなので、今ちょっと書いたようなことを含めて、いろいろな初体験をしました。他に、担当が言ったこんな台詞があります。もうこれは一生忘れられないでしょうね。 いわく「処女作の初版の印税はすべて本に替えて配るのが常識だよ」(*「常識」とは言ってません。そのくらいの心意気で配らなきゃ、本を出した意味がないじゃないか、とハッパをかけたのです。——担当・注) もちろん言われたとおりにしましたよ。いや、言われたとおり以上にしています。重版分の印税まで本に替えて売り込んでいるんですから。

サバイバル登山というのは僕の造語です。簡単に規定すると「電池で動くものと燃料を山に持って行かない。食料は米と調味料だけ」ということになるでしょうか。サバイバル登山家というタイトルも、購買者の挑発を含めた販売戦略がたぶんに含まれていて、いまでも僕は「サバイバル登山家のハットリブンショウです」なんてひとまえでは恥ずかしくてとても言えません。
思えばそんな、変なタイトルの本を多くの人々の手にとってもらえるのも、「みすず書房」という版元が作り上げてきた信用があったからです。この信用と表紙のギャップが効いているわけです。本当に感謝しております。友人には「みすず書房の本をはじめて最後まで読めたよ、はははは。服部君のおかげだよ」ともよく言われます。感謝してほしいですね。
 そしてまた、ホームページにまでこんな格調低い原稿を提出して、みすずの築き上げてきたものに泥を塗ってしまいました。すいません。(2006年7月 服部文祥)

書評情報

平山ユージ(プロフリークライマー)
Pen2009年8月1日号
國枝すみれ
毎日新聞2009年12月4日(金)
今田幸伸(インタビュー)
朝日新聞2010年1月22日(金)
瑛太(俳優)
ダ・ヴィンチ2011年11月号
読売新聞
2011年10月24日(月)
POPEYE
2012年6月号
朝日新聞
2013年1月5日(土)
稲泉連
読売新聞「よみうり堂・もっと熱くなる」2016年8月14日(日)

関連リンク