みすず書房

「わたしの絵は告白である。絵を通じて、わたしは世界との関わりを明らかにしようと試みる」——ムンクはこう書き綴った。
《叫び》《死の床》《キス》をはじめ、ムンクは一つのイメージを、時をかけ繰り返し描きつづけた。内面のヴィジョンを映し出すそれらの絵と、人生体験を切り離すことはできない。ムンクにとって、作品とは芸術ではなく、人生だった。
最愛の母の死、強い絆で結ばれた姉の喪失、妹にとりついた精神の病、貧困、宗教の束縛……家族を襲い、人生を導く不気味な力に、ムンクは終生怯えていた。
19世紀末、時代も虚無と退廃の空気におおわれていた。北欧の都クリスティアニア(オスロ)でくりひろげられる、若きボヘミアンたちとのアブサンと自由恋愛の日々。無政府主義者の鬼才ハンス・イェーガーの人と思想はムンクを強く惹きつけ、北欧の奇才、イプセンやストリンドベリらとの交わりは、ムンクの孤独な魂を勇気づけた。
また、ムンクは大変な読書家だった。文学、哲学、音楽、科学、医学、そして当時新興の分野であった心理学の本は、その思想と絵に大きな役割を果たしている。同時に、書くことで自己分析を試みたムンクは、日記や手紙を多数残した。この本に声を与えているのは、それらムンクの言葉である。
幼い頃よりムンクの絵に親しんだ小説家、美術史家の著者が、厖大な量の第一次資料を読み込み、愛情あふれるこまやかな筆致のもとに書き上げた、ムンク伝の決定版。別丁図版150点収録。

目次

第1章 ひっこみじあん——1863年以前
第2章 永久に結ばれ——1864-1868年
第3章 クリスティアニアで過ごした少年期——1869-1875年
第4章 鮮血の幟——1876-1877年
第5章 信仰心の喪失——1878-1881年
第6章 「ぼくは画家になろうと思う」——1879-1881年
第7章 「ブラウン・ソースはもうたくさん」——1882-1885年
第8章 計算ずくの誘惑——1885年
第9章 朝飯前にちょいと1杯——1883-1886年
第10章 安直な芸術と魂の芸術——1886年
第11章 美徳はペテン——1886-1889年
第12章 サンクルー宣言——1889-1890年
第13章 変わり者——1890-92年
第14章 神は死んだ。ベルリン——1892年-1894年
第15章 死の表徴——1894年-1896年
第16章 魔法を使う刺客——1896年-1900年
第17章 生命のダンス——1897-1899年
第18章 死と乙女——1899-1901年
第19章 銃撃——1902年
第20章 地獄の自画像——1903-1908年
第21章 狂気の醜い相貌——1907-1909年
第22章 太陽、太陽——1909-1916年
第23章 魂の居場所——1914-1922年
第24章 頽廃芸術——1922-1940年
第25章 舵をとり迎える死——1940-1944年
年譜

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