みすず書房

ブラック・ノイズ

BLACK NOISE

判型 四六判
頁数 392頁
定価 4,180円 (本体:3,800円)
ISBN 978-4-622-07418-2
Cコード C0073
発行日 2009年2月20日
備考 現在品切
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ブラック・ノイズ

1970年代初頭に誕生したラップ・ミュージックは、音楽の一ジャンルを超えていまや世界的な文化現象へと変貌した。ヒップホップ・カルチャーの中核をなすこの大衆音楽の背景をはじめて理論化し、ヒップホップ・カルチャー研究のプロトタイプを作ったのが本書である。
労働市場からの排除、苛烈な取り締まり、仲間への虚勢、女性の欲望、鬱屈と暴力、子ども時代の記憶など、アメリカ社会の周縁から発する声を生き生きと集結するラップ・ミュージックは、常に激しい批判の矢面に立ちながら発展を遂げてきた。過激な歌詞は暴動を煽動するのか。サンプリングの手法は独創性の欠如か。歪んだ音響は音楽と言えるのか。ラップは世界的な人気を得る一方で、犯罪予備軍の黒人の若者が叫ぶ「雑音」とみなされ、取り締りの対象とされてきた。
ローズはラップの力学を緻密に分析し、その思想性と政治性、音楽としての位置づけ、社会的な葛藤の渦中から生まれる創造性を明らかにしていく。ラップという現象はゲットーの暴力性の表出でもなければ、ポスト産業社会における音楽の一形態でもない。それは人種差別と階層格差の只中で公共領域を創出する表現の戦略なのだ。ラップ・ミュージックの豊穣な「ノイズ」を見事に理論化した、ヒップホップ文化研究の最重要書。

目次

謝辞
はじめに
第1章 周縁からの声——ラップ・ミュージックと黒人文化生産のいま
第2章 「夜汽車は出発準備完了」——脱産業都市ニューヨークのフロウ、レイヤリング、ラプチャー
第3章 ソウルな音響の力(ソニック・フォース)——ラップ・ミュージックにおけるテクノロジー、口承性、黒人文化の実践
第4章 怒れる預言者——ラップ・ミュージックと黒人文化表現
第5章 悪女たち——黒人女性ラッパーとラップの性の政治学
エピローグ

訳者あとがき KEEP IT REAL——リアルであれ
関連資料
参考文献
索引

訳者からひとこと

“ブラックCNN”、“アンダーグラウンド・ルポルタージュ”、“チョコレート・スーパーハイウェイ”……ラップ・ミュージックの役割が、アメリカ黒人の境遇を伝えるインフォメーション・ソースであるということは、多くのラッパー、そして黒人知識人によって、さまざまな形で語られてきた。

〈ラップは「黒人のアンダークラスが知り得ない現実」をじかに見つめている。……権利を剥奪され、疎外された者たちが、さらに悪化する自分たちの状況を知れば知るほど、ラップが発する、切羽詰まって神経質な、しかし実生活には前向きな声の重要性はますます高くなる。〉(エピローグより)
しかしラップは、そもそもニューヨーク市のサウスブロンクス、ハーレム、ブルックリンといった特定の地域で地元の利害や懸案を語り、仲間内の楽しみを伝えるものだった。だからそれは、しばしばよそ者には意味不明のスラングをまくしたて、すぐにはわからない事柄について歌っていることも多かった。そんなローカルな声が全米に、そしてグローバルに響き渡る変化を目の当たりにし、トリーシャ・ローズはラップの研究を志した。文化的価値の未知数なラップという研究対象をめぐって、大学院で教授との論争は絶えなかったという。1980年代後半のことである。

いまではラップは、世界各地で独自の意匠と目的を受け止めながら、表現文化のメインストリームに君臨している。何がそれを可能としたのか。ラップの形成、発展、そして受容は、まず、アフリカ系の人々とその文化の越境、つまりアフロディアスポラという基盤に多くを負っていた。また、それ自体がアフロディアスポラの重要拠点であるニューヨーク、1970年代のランドスケイプで育ったヒップホップ・カルチャーは、経済とテクノロジーの構造変化が貧困層に与えた打撃をいち早く伝える役割を果たした。現代の都市に生きる多くの人々がそれに応答し、共有された感懐が連鎖的に発せられれば、ローカルなスラングを乗り越えた共通言語が派生するのはもう時間の問題だ。

ラップ、ブレイクダンス、グラフィティという三つの流れを持つヒップホップだが、ローズは特に、サウンドと詩からなるラップを重視する。若者に自己主張や抵抗の言葉を伝授し、表現の可能性を拡大したその形式は、わからない言葉を粘り強く聴き、理解することを我々読者にも要請する。当初、単なる一過性の流行だろうと囁かれたラップを、これほどまでに定着させた創造性とダイナミズム。それこそは、タフな聴く耳を持つ者に新たな世界像を約束する豊穣な言葉と、体を揺さぶらずにはおかないリズムの脈動に根ざしている。アメリカで主要な黒人女性知識人として精力的に活動するローズが、その音楽のパワーをもって文化研究の重要テーマを切り開き、揺るぎない評価を得たのが本書である。
(新田啓子)
copyright Nitta Keiko 2009

書評情報

陣野俊史(批評家)
日本経済新聞2009年3月18日(水)
岩間慎一
bmr2009年5月号

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