みすず書房

「私が文章を書く動機は、その対象が好きだという情動から始まる」と著者は言う。好みから発した作家や作品への思索は、やがて無二のポルトレ(スケッチ風小文)という形象となった。作品から作者の気質や思想まで、語り味わう珠玉の美術エッセイ43篇を収録する。カラー口絵4頁(作品図版8点)、本文中に作品/作家のモノクロ図版・写真33点掲載。

「私がデッサンする動機は絵画をその初発性において捉えたいからだ。絵画は、〈かくあるべき〉という既成概念のなかでたちまち精気を失うと考えている私にとって、絵画は世界の始まりと共にあることが望ましいのである」(私のデッサン——谷川晃一)

「渦巻きという普遍的な記号は、フンデルトワッサーという一人の画家の心身を通過し、〈生命の源〉というシンボリズムを体現し、ユニークで魅惑に富む絵画に変容するのである」(草の屋根——フンデルトワッサー)

「絵は、同様のモチーフを何枚も描き続けていると、そのモチーフはいつの間にか身体化し無意識の中に沈んで行く。絵描きならこのプロセスはよくわかるはずだ。ピカソは人物形をデフォルメし、伸ばし、縮め、歪め、変容させ、ときに切断し、破壊し、また再構成し、消してはまた描き直しそのモチーフと格闘した。格闘し苦しんだというより楽しんで来たのだと思う」(燃ゆる晩年——パブロ・ピカソ)

「失敗したかなと思ったら、その横にもう一度、同じモチーフの絵を描くというのは実にユニークな描き方で面白い。また消えてしまう縦の時間ではなく、今日も昨日も一昨日も同列に並べて見えるようにするという時間の捉え方も興味深い。なぜなら彼女の言う〈横の時間〉とは〈物語絵〉の時間の構造であり、彼女の絵の主たる方法だからである」(横の時間——山本容子)

目次

風の画布
 ギリシャの微笑 アレコス・ファシアノス
 荒野の白い月 ダグ・コフィン
 燃ゆる晩年 パブロ・ピカソ
 月の道徳芸術 ゾンネンシュターン
 陽光礼賛 レイモン・サヴィニャック
 溌剌たる鬱状態 ピーター・ビアード
 草の屋根 フンデルトワッサー
 飛行機雲の線 ヤン・フォス
 籠城する夜の画家 ホルスト・ヤンセン
 素描の詩人、手の画家 ベン・シャーン
 壊れた人形 スタシス・エイドリゲヴィチウス

交流の歳月
 全感的な絵画 中西夏之
 大島旅行と加納さん 加納光於1
 温泉仲間 加納光於2
 奇想転結 タイガー立石
 海から天使へ 浅井愼平1
 ノスタルジア 浅井愼平2
 1960年代の思い出 澁澤龍彦1
 植物の繁茂、原始の力 澁澤龍彦2
 未完の城へ 巖谷國士
 駿足のペガサス 春日井建
 木の実との出会い 田島征三
 横の時間 山本容子

フォークアートの森
 動物のイメージ
 エル・パライソ ニカラグアの素朴画
 カリブ海の刺繍 モラ
 極彩色の洪水 グジャラートの布
 蜜の森 ミティラーの民俗画
 美しき存在証明 メオ族のスカート
 神が舞う、仏が踊る ヒマラヤの舞踏劇
 近代的な原始彫刻 マコンデ族の彫刻
 ドン・キホーテ ポーランドのマリオネット
 四万年の基底文化 アボリジニ・アート
 アジアのスーパースター ダルマ大師
 クッキーからアートへ アントワネット・シュウォブ
 懐かしき山紫水明 銭湯の背景画
 素敵ながらくたコレクター 田辺とみ

午後の手帖
 明るい朝食が似合うポスター デイヴィッド・ホックニー
 オルフェの遺言 ジャン・コクトー
 楽しいナンセンス 長新太
 青春の画家 三岸好太郎
 アニミズムの世界 ゴーギャンの木版画
 私のデッサン

あとがき

書評情報

寺村摩耶子(絵本批評家)
ウイークリー出版情報2010年10月3週号

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