みすず書房

「いつも一人で、まるで悪徳のように本を読んできました。だからこのごろ、その悪徳を誰かと分け合いたくなるのです。……
わたしは自分が、本のなかに何を読むのかを知りません。本を読む人は迷う人です。いつも迷いながら、何かを探しに、階段を深く降りて行く人です」
——「あとがき」より

詩集『コルカタ』で萩原朔太郎賞を受賞のほか、小説、エッセイの分野でも活躍中の詩人、小池昌代。本書は、書評等約100編を収録する、本をめぐる本。取り上げられた本は、国内、海外の小説、エッセイ、写真集、医学書をはじめとして多岐にわたり、詩人の本棚を垣間見るかのようだ。
一冊の本と真摯に向き合い、そこから生まれ出た数々の言葉。その文字の連なりがあたかも導火線のように作用して、本を読むことにひそむ濃密な歓びの感覚を、読者のもとへ届けることだろう。

目次

人と人の間に、釣り糸をおろして

今、ここの「あなた」を認める  中井久夫『こんなとき私はどうしてきたか』
密やかな「喪」の作業にある崇高さ  リディア・フレム『親の家を片づけながら』
母との愛憎を描いた壮絶にして菩薩のような本  佐野洋子『シズコさん』
優雅に、果敢に、柔らかく  やまだ紫『性悪猫』
人と人の間に、釣り糸をおろして  杉林稔『精神科臨床の場所』
もし、わたしたちがあの時代を生きたら  半藤一利『15歳の東京大空襲』
わたしたちの伝記  清水眞砂子『青春の終わった日 ひとつの自伝』
翻訳と人生  北御門二郎『ある徴兵拒否者の歩み トルストイに導かれて』
被爆したワンピースに  石内都『ひろしま』
東京ヌード  中野正貴『TOKYO NOBODY』『東京窓景 TOKYO WINDOWS』
川のなかの目  中野正貴『TOKYO FLOAT』
小さな意識改革  富田玲子『小さな建築』
木のひと  幸田文『木』
この世を眺める方法  安田登『ワキから見る能世界』
演奏すること、生きること  藤原義章『リズムはゆらぐ』
海のリズムに育てられて  三木成夫『海・呼吸・古代形象』
アフリカ世界の深奥部へ  カプシチンスキ『黒檀』
生々しい顔、顔、顔  ジョナサン・トーゴヴニク『ルワンダ ジェノサイドから生まれて』
動物になりたかった詩人の眼  西江雅之『異郷日記』
ひとの中へ、風景が入り込む  野田研一『自然を感じるこころ ネイチャーライティング入門』/新保祐司『フリードリヒ  崇高のアリア』/幸田文『木』/藤枝静男『悲しいだけ 欣求浄土』他
書くこと、ふるさとをなくすこと  池内紀『出ふるさと記』
社会の重圧笑いとばし、たくましく  マルジャン・サトラピ『刺繍』
文化に眠る女の根本  津島佑子『女という経験』
日本の女が散らす命の火花  志村ふくみ・鶴見和子『いのちを纏う 色・織・きものの思想』
秘密読書会で読む「禁制文学」  アーザル・ナフィーシー『テヘランでロリータを読む』
世界の根本に立っていた人  石牟礼道子 詩文コレクション6『父』


草をわけ、声がいく

「生命」についてのひとつの思想  よしもとばなな『イルカ』
広島にあった「それ以前」  田口ランディ『被爆のマリア』
怖くて暗くて懐かしい「胎内小説」  小野正嗣『森のはずれで』
事実と創作 あわいに快楽  辻原登『円朝芝居噺 夫婦幽霊』
共存の感触を身に備えた人々  池澤夏樹『光の指で触れよ』
人間という「どうぶつ」  川上弘美『真鶴』
犬になる経験  松浦理英子『犬身』
「花」の体現  瀬戸内寂聴『秘花』
いびつと無垢  小川洋子『夜明けの縁をさ迷う人々』
静人のなかに透ける「悪」  天童荒太『悼む人』
父を発見する  青山七恵『かけら』
死と生の「対話」  湯本香樹実『岸辺の旅』
絶えずほどかれ、無に返る言葉  朝吹真理子『流跡』
繊細で強靭な音楽小説  青柳いづみこ『水のまなざし』
都市の地霊  中村邦生『風の消息、それぞれの』
空港から湧く声  小野正嗣『線路と川と母のまじわるところ』
「読み込む」よろこび  中村邦生『チェーホフの夜』
深みへ、降りる靴音  高橋たか子『墓の話』
神よ、仏よ、大動脈瘤  村田喜代子『あなたと共に逝きましょう』
躍動する明治——恋と革命と戦争と  辻原登『許されざる者』
昭和の筋肉  橋本治『リア家の人々』
草をわけ、声がいく  津島佑子『黄金の夢の歌』


灰だらけの希望に

奇跡の渦巻き  ガルシア=マルケス『わが悲しき娼婦たちの思い出』『コレラの時代の愛』
成熟した大人の冷たいあたたかさ  バーバラ・ピム『秋の四重奏』
「わたし」の核と核を結ぶ精神の旅  アルフォンソ・リンギス『信頼』
感動を超える痛烈で荒々しい神秘  ウィリアム・トレヴァー『聖母の贈り物』
「過程」にやどる説得力  ディーノ・ブッツァーィ『神を見た犬』
鈍痛なるユーモア  ヨシップ・ノヴァコヴィッチ『四月馬鹿』
貪欲に生き抜く五世代の歴史  ロラン・ゴデ『スコルタの太陽』
闘いながら生きる命の弾力  コラム・マッキャン『ゾリ』
想像力をはるかに超えた経験の世界へと誘う短編  ジャック・ロンドン『火を熾す』
詩という異物をはらむ小説  ラビンドラナート・タゴール『最後の詩』
イタリアの若き物理学者が描く、淡くいびつな恋愛譚  パオロ・ジョルダーノ『素数たちの孤独』
記憶を運ぶ意識の流れ  リディア・デイヴィス『話の終わり』
人生に押される、肯定の烙印  イーユン・リー『千年の祈り』
ルーマニアの血と土と酒の匂い  ヘルタ・ミュラー『狙われたキツネ』
複製の概念が「命」を押しつぶす戦慄の小説  カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』
土の匂いのする沈黙に触れて  ヤスミン・クラウザー『サフラン・キッチン』
ここに「わたし」は、なぜ在るか  アリス・マンロー『林檎の木の下で』
青い闇に走る雷光  スティーヴン・ミルハウザー『ナイフ投げ師』
英国北部、四代の女性の人生を懐深く  ケイト・アトキンソン『博物館の裏庭で』
被害者か加害者か  マリー・ンディアイ『心ふさがれて』
灰だらけの希望に  コーマック・マッカーシー『ザ・ロード』


無が白熱する迫力

想像の起爆力としての「悪」  河合隼雄『神話の心理学 現代人の生き方のヒント』
瑞々しく頑固でやっかいな!  長塚京三『私の老年前夜』
読書でついた縄目の痕  車谷長吉『文士の生魑魅』
文法学者の闘う生涯  金谷武洋『主語を抹殺した男 評伝三上章』
イギリス文学の成熟を味わう  小野寺健『イギリス的人生』
悲哀と知性  鴻巣友季子『やみくも——翻訳家、穴に落ちる』
文章の奏でる音楽  ジャン・エシュノーズ『ラヴェル』
小説の理解を深め読む喜びを拡大する批評  岩田誠『神経内科医の文学診断』
肉眼とはこんな眼のこと  洲之内徹『洲之内徹が盗んでも自分のものにしたかった絵』
中華まんを食べながら映画を観る  武田泰淳『タデ食う虫と作家の眼』
詩と人格 後藤正治『清冽  詩人茨木のり子の肖像』
佐野洋子さんは怖い文章家だった  佐野洋子『シズコさん』
言葉によって引き出される恐怖  中野京子『怖い絵 2』
すばらしき淫心  永田守弘編『官能小説用語表現辞典』
「盗み心」と創作の秘密  星野晃一『室生犀星 何を盗み何をあがなはむ』
無が白熱する迫力  池田晶子『暮らしの哲学』『リマーク』


煙草を吸う子供

スワのこと——「失恋したときに読む本」という課題に答えて
灰に沈む火箸
哀しい鬼  東雅夫編『文豪怪談傑作選 室生犀星集 童子』
青い火
おまえはおまえ
十蘭の匂い
妄想への距離
名水と処女
煙草を吸う子供
空白とマラソン
これからの倉橋由美子
終わりの先にある光
太宰のなかの少女と風土

書評情報

鴻巣友季子(翻訳家)
東京人2011年10月号
毎日新聞
2011年10月2日(日)

関連リンク