みすず書房

仁科芳雄往復書簡集 補巻

現代物理学の開拓 1925-1993

判型 A5判 タテ210mm×ヨコ148mm
頁数 688頁
定価 17,600円 (本体:16,000円)
ISBN 978-4-622-07645-2
Cコード C3342
発行日 2011年11月24日
備考 現在品切
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仁科芳雄往復書簡集 補巻

仁科芳雄発/着の往復書簡を中心に、関連文書を数多く収めた『仁科芳雄往復書簡集』(全3巻、2006-2007)は、20世紀物理学の国内・国外の研究現場の様相を生き生きとかつ多面的に伝える、類のないものとなった。さらに理研の「ニ号」(原爆)研究やヒロシマ・ナガサキをめぐる調査や考察、米占領下の日本で戦後世界を見据えてゆく数々の書簡・文書は、現代史資料としてきわめて貴重であるだけでなく、科学者と戦争、国家と時代と科学のあり方を考えるうえで、つねに振り返るべき証拠である。日本科学史学会学会賞特別賞を受けるなど、高評を得ているしだいである。
この補巻は、『書簡集』全3巻刊行後に発見された書簡・文書・資料など490点から成る。シュレディンガーやパウリの講義を聞いた仁科の1920年代のノート、ディラック宛ての書簡にはじまり、宇宙線の研究、対称核分裂、そして「大サイクロトロン日誌」などサイクロトロン建設をめぐる一連の書簡・文書は、当時の日本の科学の最前線を鮮やかに映し出している。
とりわけこの補巻の特徴となるのは、日本の原爆研究の一端をしるす仁科芳雄・矢崎為一「核分裂によるエネルギーの利用」(1943)や、「トルーマン声明」など広島・長崎への原爆投下と敗戦前後の「敵性情報」に関する文書、1945年8月9日から1946年3月にいたる「仁科芳雄のノート」などであろう。これらは原爆と「終戦」をめぐる第一級の資料であり、今にいたる原子力問題のあり方の全貌も、ほぼ出揃っているといえる。

目次

刊行に寄せて
はじめに
凡例

1 Lorentz教授記念醵金募集実行委員会(ライデン大学,オランダ)   1925/08/15
2 仁科芳雄のノート Schrödingerの講義(第1日)   1926/10/04
3 仁科芳雄のノート Schrödingerの講義(第2日)   1926/10/05
4 仁科芳雄(コペンハーゲン) → P. A. M. Dirac(ゲッチンゲン大学) 1927/06/11
5 仁科芳雄(ハンブルク大学) → P. A. M. Dirac(ケンブリッジ大学) 1928/02/10
6 仁科芳雄のノート Pauli(ハンブルク大学)の講義(部分)   1928/02/16
7 仁科芳雄(ハンブルク大学) → P. A. M. Dirac(ケンブリッジ大学) 1928/02/25
8 仁科芳雄(理論物理学研究所,コペンハーゲン) → P. A. M. Dirac(ライデン大学,オランダ) 1928/06/14
9 仁科芳雄(パサデナ,カリフォルニア州) → P. A. M. Dirac(ケンブリッジ大学) 1928/12/03
10 仁科芳雄 → Waller(ウプサラ大学,スウェーデン) 1929/04/06
11 仁科芳雄 → Waller(ウプサラ大学,スウェーデン) 1929/12/18
12 仁科芳雄 → Waller(ウプサラ大学,スウェーデン) 1930/02/22
13 青山新一(東北帝大理学部化学教室) → 仁科芳雄 1930/07/11
14 W. Voss(機械工マイスター,キール,ドイツ) → G. v. Hevesy(フライブルク) 1931/07/28
15 E. Regener(シュツットガルト,ドイツ) → 仁科芳雄 1931/10/12
16 仁科芳雄 → Karl Scheel(ダーレム,ベルリン,ドイツ) 1932/07/07
17 仁科芳雄 → Brasch(ベルリン大学) 1933/05/05
18 A. Waly(ベルリン大学物理学教室) → 仁科芳雄 1933/06/12
19 仁科芳雄 → Lange [日付不明]
20 仁科芳雄 → Karl Scheel(ダーレム,ベルリン,ドイツ) 1933/12/09
21 仁科芳雄 → E. G. Steinke(ケーニヒスベルク大学物理学教室) 1934/02/17
22 仁科芳雄 → E. G. Steinke(ケーニヒスベルク大学物理学教室) 1934/06/06
23 J. Clay(アムステルダム大学自然科学研究所) → 長岡半太郎(理化学研究所・貴族院) 1934/06/24
24 仁科芳雄 「ゼーマン教授退官祝賀事業のための論文と醵金依頼状」(下書き)   1934/09/05
25 財団法人 三井報恩会設立趣意   1934/09/15
26 仁科芳雄 → J. Clay(アムステルダム大学) 1934/10/04
27 T. L. de Bruin(アムステルダム) → 長岡半太郎(理化学研究所・貴族院) 1934/10/22
28 Henze, Mahlow & Co. (ケーニヒスベルク,ドイツ) → 仁科芳雄 1934/11/02
29 仁科芳雄 → T. L. de Bruin(アムステルダム) 1934/11/26
30 Zeeman教授記念醵金募集実行委員会(アムステルダム) → 長岡半太郎(理化学研究所・貴族院) 1935/01
31 E. G. Steinke(ケーニヒスベルク大学物理学教室) → 仁科芳雄 1935/01/05
32 E. G. Steinke(ケーニヒスベルク大学物理学教室) → 仁科芳雄 1935/01/19
33 T. L. de Bruin(アムステルダム) → 仁科芳雄 1935/02/01
34 仁科芳雄 → E. G. Steinke(ケーニヒスベルク大学物理学教室) 1935/02/08
35 仁科芳雄 → H. Ahrens & Co. 後継者(横浜) 1935/02/08
36 H. Ahrens & Co. 後継者(横浜) → 仁科芳雄 1935/02/12
37 仁科芳雄 → H. Ahrens & Co. 後継者(横浜) 1935/02/16
38 H. Ahrens & Co. 後継者(横浜) → 仁科芳雄 1935/02/19
39 E. G. Steinke(ケーニヒスベルク大学物理学教室) → 仁科芳雄 1935/03/06
40 E. G. Steinke(ケーニヒスベルク大学物理学教室) → 仁科芳雄 1935/03/09
41 仁科芳雄 → E. G. Steinke(ケーニヒスベルク大学物理学教室) 1935/03/21
42 E. G. Steinke(ケーニヒスベルク大学物理学教室) → 仁科芳雄 1935/04/11
43 仁科芳雄 → E. G. Steinke(ケーニヒスベルク大学物理学教室) 1935/06/04
44 仁科芳雄 → P. Almstedt(標準素子工場技師,ゲッチンゲン,ドイツ) 1935/06/04
45 T. L. de Bruin(アムステルダム) → 長岡半太郎(理化学研究所理事) 1935/06/08
46 P. Almstedt(標準素子工場技師,ゲッチンゲン,ドイツ) → 仁科芳雄 1935/06/24
47 仁科芳雄 → E. G. Steinke(ケーニヒスベルク大学物理学教室) 1935/08/01
48 仁科芳雄 → T. L. de Bruin(アムステルダム) 1935/08/12
49 仁科芳雄 → E. G. Steinke(ケーニヒスベルク大学物理学教室) 1935/11/07
50 E. G. Steinke(ケーニヒスベルク大学物理学教室) → 仁科芳雄 1935/12/19
51 三井報恩会援助補助申請書(昭和11年度前期)   1935/12/23
52 E. G. Steinke(ケーニヒスベルク大学物理学教室) → 仁科芳雄 1936/01/02
53 仁科芳雄 → E. G. Steinke(ケーニヒスベルク大学物理学教室) 1936/02/20
54 飯盛里安(共同審査主査 理化学研究所研究員)三井報恩会申請共同審査報告書   1936/02/21
55 仁科芳雄 「科学界のトピックス」(放送原稿)   1936/02/29
56 仁科芳雄 → 名和 武(横須賀海軍工廠) 1936/03/14
57 仁科芳雄 → 名和 武(横須賀海軍工廠) 1936/03/17
58 長岡半太郎(理化学研究所・貴族院) → 仁科芳雄 1936/03/19
59 仁科芳雄 → 平岡 礹[正しくは「石」偏に旁「巌」](海軍艦政本部) 1936/03/19
60 田中館愛橘(学術研究会議日食準備委員会地球物理学部) → 各委員 1936/03/28
61 仁科芳雄 → 名和 武(横須賀海軍工廠) 1936/03/30
62 仁科芳雄 → 百田貞次(芝浦製作所) 1936/04/08
63 仁科芳雄 → 村上三次(横須賀海軍工廠造兵部) 1936/04/10
64 仁科芳雄 → 名和 武(横須賀海軍工廠) 1936/04/13
65 仁科芳雄 飛行機による宇宙線強度の測定   1936/04/13
66 仁科芳雄 → 山司房太郎(横須賀海軍工廠造兵部) 1936/04/18
67 仁科芳雄 → 名和 武(横須賀海軍工廠) 1936/04/18
68 山司房太郎(横須賀海軍工廠造兵部) → 仁科芳雄 1936/04/25
69 仁科芳雄 → 関口鯉吉(東京天文台) 1936/04/28
70 仁科芳雄 → 名和 武(横須賀海軍工廠) 1936/04/28
71 仁科芳雄 → 松浦二郎(逓信省電気試験所) 1936/05/08
72 仁科芳雄 → 大塚徳雄・篠原夘吉(電気学会北海道支部) 1936/05/09
73 仁科芳雄 → 岡村忠雄(芝浦製作所設計課) 1936/05/15
74 仁科芳雄 → 梅田 魁(北海道帝大) 1936/05/17
75 落合麒一郎(ライプチッヒ,ドイツ) → 西川正治・仁科芳雄 1936/05/18
76 仁科芳雄 → 村瀬大佐(横須賀海軍工廠造兵部) 1936/05/23
77 仁科芳雄 → 名和 武(横須賀海軍工廠) 1936/05/23
78 落合麒一郎(ライプチッヒ,ドイツ) → 有山兼孝(東京工業大学) 1936/05/31
79 仁科芳雄 → 石井千尋・関戸弥太郎(斜里岳,北海道) 1936/06/02
80 D. Cooksey(カリフォルニア大学) 磁気共鳴加速器──付属品つき真空函   1936/06/02
81 仁科芳雄 → 荒勝文策(台北帝大) 1936/06/05
82 仁科芳雄 → 青山新一(東北帝大金属材料研究所) 1936/06/09
83 仁科芳雄 → 山司房太郎(横須賀海軍工廠造兵部) 1936/06/11
84 仁科芳雄(上斜里,北海道) → 梅田 魁(北海道帝大) 1936/06/19
85 仁科芳雄(札幌) → 仁科美枝子 1936/06/24
86 東京電気無線株式会社 AM–468A型高周波発生装置仕様概要   1936/07
87 仁科芳雄 → 石川 謙(日本光機工業) 1936/07/06
88 仁科芳雄 → 竹内 柾(横須賀海軍工廠) 1936/07/06
89 仁科芳雄 → 坂田昌一(大阪帝大) 1936/07/08
90 仁科芳雄 → 土原豊喜(日本電池電機工場) 1936/07/10
91 仁科芳雄 → 波多野貞夫(日本学術振興会) 1936/07/10
92 仁科芳雄 → 青山新一(東北帝大金属材料研究所) 1936/07/21
93 仁科芳雄(清水トンネル) → 小林大将(閣下) 1936/08/20
94 仁科芳雄 → 渡辺栄五郎 1936/08/23
95 仁科芳雄 → 仁科 存(東北帝大) 1936/08/29
96 仁科芳雄 → 田中寛一(東京文理科大学) 1936/09/29
97 仁科芳雄 → 中谷宇吉郎(北海道帝大) 1936/10/13
98 仁科芳雄 → 波多野貞夫(日本学術振興会) 1936/10/28
99 仁科芳雄 → 荒川大太郎(逓信省工務局) 1936/11/21
100 仁科芳雄 → 中谷宇吉郎(北海道帝大,在伊豆) 1936/12/13
101 仁科芳雄 → 和田梓之助(東京電気) 1936/12/21
102 仁科芳雄 → 大川忠吉(芝浦製作所) 1936/12/26
103 仁科芳雄 → 藤沢 信(富士写真フィルム) 1937/01/03
104 仁科芳雄 → 中原省三(日本化成工業黒崎工場,福岡) 1937/01/10
105 仁科芳雄 → 落合麒一郎(ライプチッヒ大学) 1937/01/18
106 仁科芳雄 → 落合麒一郎(ライプチッヒ大学) 1937/01/24
107 仁科芳雄 → 上坂香苗(軍艦神威艦長) 1937/01/24
108 仁科芳雄 → 小西于比古(海軍) 1937/01/24
109 仁科芳雄 → 佐野伯爵(閣下) 1937/01/29
110 仁科芳雄 → 堀 健夫(北海道帝大) 1937/01/30
111 仁科芳雄 → 松風工業株式会社 1937/02/08
112 仁科芳雄 → 佐野伯爵(閣下) 1937/02/16
113 仁科芳雄 → 宗 正路(東京電気) 1937/03/03
114 仁科芳雄 → 坂田昌一(大阪帝大) 1937/03/12
115 仁科芳雄 → 波多野貞夫(日本学術振興会) 1937/03/13
116 仁科芳雄 → 桑木彧雄(九州帝大) 1937/03/22
117 仁科芳雄 → 梅田 魁(北海道帝大) 1937/03/28
118 桜井錠二(日本学術振興会) → 大谷 登(日本郵船) 1937/03/29
119 仁科芳雄 → 佐野伯爵(閣下) 1937/03/31
120 三井報恩会助成金支出経費計算報告書   1937[月日不明]
121 仁科芳雄 → 高柳(前田公爵家) 1937/04/08
122 研究生朝永振一郎氏独逸留学手当覚書   1937/04/09
123 仁科芳雄 → 竹内 柾(横須賀海軍工廠) 1937/04/14
124 仁科芳雄 → 村田八束(日本碍子) 1937/04/16
125 仁科芳雄 → R. Bertouch-Lehn(デンマーク公使,男爵) 1937/04/21
126 仁科芳雄 → 高岡熊雄(北海道帝大) 1937/05/01
127 仁科芳雄 → 戸田 茂(奉天医科大学) 1937/05/28
128 仁科芳雄 → 菊池正士(大阪帝大) 1937/06/08
129 大河内正敏(理化学研究所) → 仁科芳雄 1937/06/10
130 皇后陛下御巡覧順序   1937/06/15
131 大河内正敏(理化学研究所) → 構内各研究室,係,部主任 1937/06/18
132 仁科芳雄 → 波多野貞夫(日本学術振興会) 1937/06/21
133 仁科芳雄 → 田辺 元(京都帝大文学部) 1937/06/26
134 大河内正敏(理化学研究所) → 米山梅吉(三井報恩会) 1937[月日不明]
135 仁科芳雄 → 波多野貞夫(日本学術振興会) 1937/07/03
136 仁科芳雄 → 広瀬敬一(芝浦製作所) 1937/07/13
137 仁科芳雄 → 三井物産本店会計課集金掛 1937/07/31
138 仁科芳雄 → 仁科 存(東北帝大) 1937/09/06
139 梅田 魁(北海道帝大物理学教室) 推薦状   1937/09/08
140 仁科芳雄 → 梅田 魁(北海道帝大) 1937/09/11
141 大河内正敏(理化学研究所) → 大久保利武(日独文化協会) 1937/10/18
142 仁科芳雄 → 今岡賀雄(東京電気無線) 1937/10/19
143 仁科芳雄 → 今岡賀雄(東京電気無線) 1937/10/22
144 仁科芳雄 「サイクロトロンの話」   1938/01/25
145 サイクロトロンに関する質問   1938/01/25
146 E. v. Massow(社団法人ドイツ学術交流局) → 大久保公爵 1938/01/26
147 仁科芳雄 → 波多野貞夫(日本学術振興会) 1938/02/12
148 昭和13年度研究室諸収入   1938[月日不明]
149 仁科芳雄 → 今岡賀雄(東京電気無線) 1938/02/28
150 W. Heisenberg, F. Hund(ライプチッヒ大学) 判定書   1938/03
151 仁科芳雄 → 今岡賀雄(東京電気無線) 1938/03/08
152 葛西千秋(文部省教学局指導部) → 仁科芳雄 1938/03/09
153 仁科芳雄 → 今岡賀雄(東京電気無線) 1938/03/11
154 東京電気無線株式会社東京出張所  → 理化学研究所 1938/03/16
155 渡辺 慧(ライプチッヒ大学) → 仁科芳雄 1938/03/21
156 仁科芳雄 → 小川郷太郎(閣下) 1938/03/23
157 渡辺 慧(ライプチッヒ大学) → 仁科芳雄 1938/04/15
158 大河内正敏(理化学研究所) → 大谷 登(日本郵船) 1938/04/15
159 仁科芳雄 → 渡辺 慧(ライプチッヒ大学) 1938/04/21
160 仁科芳雄 → 今岡賀雄(東京電気無線) 1938/04/28
161 友枝高彦(日独文化協会) → 仁科芳雄 1938/05/03
162 仁科芳雄 → 渡辺 慧(ライプチッヒ大学) 1938/06/05
163 寺沢寛一(東京帝大) → 仁科芳雄 1938/06/27
164 渡辺 慧(ライプチッヒ大学) → 仁科芳雄 1938/07/04
165 仁科芳雄 → Alexander Humbolt Stiftung 1938/07/30
166 仁科芳雄 → 今岡賀雄(東京電気無線) 1938/08/05
167 中山弘美(理化学研究所) → 仁科芳雄  
168 仁科芳雄 → 久野拓治(東京電気無線) 1938/09/07
169 服部報公会  → 仁科芳雄 1938/09/08
170 久野拓治(東京電気無線) → 仁科芳雄 1938/09/09
171 服部報公会推薦書   1938/09/10
172 昭和13年度服部報公賞推薦事項   1938[月日不明]
173 仁科芳雄 → 久野拓治(東京電気無線) 1938/09/12
174 仁科芳雄 → 高橋正一(逓信省電気試験所) 1938/09/12
175 仁科芳雄 → 今岡賀雄(東京電気無線) 1938/09/19
176 仁科芳雄 → 波多野貞夫(日本学術振興会) 1938/09/28
177 明石照男(第一銀行) → 仁科芳雄 1938/10/11
178 中山弘美(理化学研究所) → 仁科芳雄 1938/10/14
179 中山弘美(理化学研究所) → 仁科芳雄 1938/10/23
180 中山弘美・仁科芳雄 「人工放射能性「ナトリウム」を用ひて行ひたる植物学的実験の概要 其1 高等植物に於ける食塩の吸収 1」   1938/10頃
181 森 信胤(帝国女子医科専門学校) → 仁科芳雄 1938/10/23
182 森 信胤(帝国女子医科専門学校) → 仁科芳雄 1938/10[日不明]
183 科学審議会委員  → 近衛文麿(科学審議会) 1938/10/28
184 仁科芳雄 → 三井報恩会 1939/01/24
185 服部報公会 自然科学研究員候補者   1939/01/31
186 F. M. Eaton(米国農業省,植物産業局) → 仁科芳雄・中山弘美 1939/02/04
187 田岡忠美(北海道帝大) → 仁科芳雄 1939/04/12
188 川瀬 操(松本市立病院) → 仁科芳雄 1939/08[日不明]
189 仁科芳雄 「物理学の教室より」   1939/08/23
190 服部報公会 自然科学研究者養成内規   1940/01
191 浅田常三郎(大阪帝大) → 仁科芳雄 1940/02/13
192 浅田常三郎(大阪帝大) → 仁科芳雄 1940/02/19
193 浅田常三郎(大阪帝大) → 仁科芳雄 1940/02[日不明]
194 仁科 存(東北帝大) → 仁科芳雄 1940[月日不明]
195 有山兼孝(服部報公会) 研究経過報告   1940/03/29
196 服部報公会 推薦書   1940/05/30
197 仁科芳雄 → 大川忠吉(東京芝浦電気鶴見工場) 1940/07/03
198 大川忠吉(東京芝浦電気鶴見工場) → 仁科芳雄 1940/07/06
199 仁科芳雄 → 大川忠吉(東京芝浦電気鶴見工場) 1940/07/10
200 仁科芳雄 → 黒河内 敏(東京芝浦電気鶴見工場) 1940/07/10
201 黒河内 敏(東京芝浦電気鶴見工場) → 仁科芳雄 1940/07/11
202 大河内正敏(理化学研究所) → オトー大使(ドイツ大使館) 1940/07/13
203 仁科芳雄 → 黒河内 敏(東京芝浦電気鶴見工場) 1940/07/19
204 宮崎友喜雄(越後湯沢,新潟) → 仁科芳雄 1940/08/19
205 高嶺俊夫(カリフォルニア大学,バークレー) → 仁科芳雄 1940/08/21
206 仁科芳雄 → 大川忠吉(東京芝浦電気鶴見工場) 1940/09/17
207 大川忠吉(東京芝浦電気鶴見工場) → 仁科芳雄 1940/09/20
208 風樹会設立の趣旨   1940/10/30
209 仁科芳雄 → 風樹会 1941/01/10
210 Eastman Kodak Co. (ニューヨーク州ロチェスター) → 高嶺俊夫(カリフォルニア州ウィルソン天文台) 1941/01/30
211 仁科芳雄 → 本田弘人(文部省学芸課) 1941/02/08
212 仁科芳雄 → 東 栄二 1941/02/26
213 逓信省電気試験所同友会  → 仁科芳雄 1941/03/06
214 浦本政三郎(学術研究会議医学研究連絡委員会) → 仁科芳雄 1941/03/25
215 仁科芳雄 → 風樹会 1941/04/19
216 近藤寿治(文部省教学局指導部) → 仁科芳雄 1941/05/02
217 森川覚三(企画院) → 仁科芳雄 1941/05/10
218 井上柳梧(上田蚕糸専門学校) → 仁科芳雄 1941/05/10
219 仁科芳雄 → 井上柳梧(上田蚕糸専門学校) 1941/05/13
220 井上柳梧(上田蚕糸専門学校) → 仁科芳雄 1941/05/14
221 仁科芳雄 → 井上柳梧(上田蚕糸専門学校) 1941/06/04
222 井上柳梧(上田蚕糸専門学校) → 仁科芳雄 1941/06/07
223 仁科芳雄 → 服部報公会 1941/06/15
224 本多光太郎(日本金属学会) → 大河内正敏(理化学研究所) 1941/07/07
225 久富達夫(大政翼賛会組織局) → 仁科芳雄 1941/08/20
226 仁科芳雄 → 森川覚三(企画院第7部) 1941/08/27
227 仁科芳雄 「我等は翼賛す」   1941/08/29
228 仁科芳雄 → 菅井準一(技術院参議官) 1941/09/05
229 仁科芳雄 → 科学動員協会促進部 1941/09/05
230 仁科芳雄 → 菊池正士(大阪帝大) 1941/09/12
231 仁科芳雄 → 左近司政三(商工大臣) 1941/09/13
232 仁科芳雄 → 池田芳郎(北海道帝大) 1941/09/15
233 仁科芳雄 → 中谷宇吉郎(北海道帝大) 1941/09/15
234 仁科芳雄 → 千谷利三(大阪帝大) 1941/09/15
235 仁科芳雄 → 茅 誠司(北海道帝大) 1941/09/15
236 西 久光(九州帝大) → 仁科芳雄 1941/09/17
237 田中正道(東京芝浦電気マツダ支社) → 仁科芳雄 1941/09/17
238 茅 誠司(北海道帝大) → 仁科芳雄 1941/09/19
239 仁科芳雄 → 堀 健夫(北海道帝大) 1941/09/22
240 千谷利三(大阪帝大) → 仁科芳雄 1941/09/23
241 仁科芳雄 → 千谷利三(大阪帝大) 1941/09/25
242 仁科芳雄 → 千谷利三(大阪帝大) 1941/09/28
243 梅田 魁(北海道帝大) → 仁科芳雄 1941/09/28
244 仁科芳雄 → 西 久光(九州帝大) 1941/09/28
245 千谷利三(大阪帝大) → 仁科芳雄 1941/09/29
246 昭和16年度服部報公賞,推薦(部分)   1941[月日不明]
247 服部報公会 感謝状   1941/10[日不明]
248 仁科芳雄 → 梅田 魁(北海道帝大) 1941/10/02
249 中谷宇吉郎(北海道帝大) → 仁科芳雄 1941/10/03
250 仁科芳雄 → 梅田 魁(北海道帝大) 1941/10/03
251 堀 健夫(北海道帝大) → 仁科芳雄 1941/10/06
252 仁科芳雄 → 田中正道(東京芝浦電気マツダ支社) 1941/10/06
253 仁科芳雄 → 堀 健夫(北海道帝大) 1941/10/09
254 茅 誠司(北海道帝大) → 仁科芳雄 1941/10/09
255 梅田 魁(北海道帝大) → 仁科芳雄 1941/10/09
256 堀 健夫(北海道帝大) → 仁科芳雄 1941/10/10
257 仁科芳雄 → 茅 誠司(北海道帝大) 1941/10/12
258 仁科芳雄 → 山鹿規夫(学術研究会議) 1941/10/17
259 茅 誠司(北海道帝大) → 仁科芳雄 1941/11/10
260 風樹会  → 仁科芳雄 1941/11/20
261 仁科芳雄 → 茅 誠司(北海道帝大) 1941/11/29
262 理化学研究所工作係 「60吋(インチ)サイクロトロン普通鋼材料表」ほか   1941/12/06
263 仁科芳雄 → 高津 博(科学動員協会) 1941/12/06
264 石渡武彦(大阪帝大) → 仁科芳雄 1941/12/15
265 仁科芳雄 「戦時下における科学教育」   1941/12/22
266 仁科芳雄 「大東亜戦争と科学者の責務」   1942/01
267 仁科芳雄 → 風樹会 1942/01/09
268 仁科芳雄 → 服部報公会 1942/01/20
269 仁科芳雄 「宮本武之輔氏の思ひ出」   1942/02
270 仁科芳雄 「大東亜の再建と純粋科学」   1942/02/05
271 仁科芳雄 「「科学の満州」私観」   1942/02/10
272 内田亮之輔(第3海軍火薬廠総務部,京都府) → 仁科芳雄 1942/03/16
273 仁科研究室収入 1942–1944年度   1942–1944
274 仁科研究室・原子核実験室支出 1940–1944年度   1940–1944
275 仁科芳雄 「戦時下の基礎科学」   1942/04/12
276 辞令   1942/06/10
277 辞令   1942/06/10
278 服部報公会 感謝状   1942/10/09
279 仁科芳雄 「戦争の前途と科学者」   1942/11/20
280 仁科芳雄 → 伊藤庸二(海軍技術研究所電気研究部) 1942/12/16
281 服部報公会 「自然科学研究者養成資金支給継続御願」   1943/01/20
282 国民学術協会報告書   1943/01/23
283 国民学術協会会員名簿   1943/01末日
284 大サイクロトロン日誌(1943–1944)(部分)   1943/02/01–1944/04/22
285 内閣内務省 辞令   1943/02/19
286 仁科芳雄・矢崎為一 「核分裂によるエネルギーの利用」   1943/03/31
287 千谷利三(大阪帝大) → 仁科芳雄 1943/05/13
288 千谷利三(大阪帝大) → 仁科芳雄 1943/05/22
289 千谷利三(大阪帝大) → 仁科芳雄 1943/05/24
290 千谷利三(大阪帝大) → 仁科芳雄 1943/06/04
291 内閣 辞令   1943/07/01
292 関戸弥太郎・浅野芳広・増田時男 「太平洋上の宇宙線」(部分)   1943/07/01
293 仁科芳雄 「科学者の動員」   1943/08/10
294 海軍技術研究所電波研究部  → 仁科芳雄 1943/11/04
295 文部省  → 仁科芳雄 1943/11/26
296 今堀克巳(北海道帝大超短波研究所) → 仁科芳雄 1943/12/09
297 陸軍兵器行政本部総務部  → 理研理事長 照会 1943/12/10
298 仁科芳雄 → 海軍 宣誓書 1943/12/11
299 今堀克巳(北海道帝大超短波研究所) → 仁科芳雄 1943/12/23
300 仁科芳雄 → 今堀克巳(北海道帝大超短波研究所) 1943/12/25
301 風樹会  → 仁科芳雄 1944/01[日不明]
302 今堀克巳(北海道帝大超短波研究所) → 仁科芳雄 1944/01/01
303 東条英機(内閣総理大臣) → 仁科芳雄 1944/04/01
304 「ニ」号特別研究班編成表   1944/12
305 米英重慶 ポツダム宣言   1945/07/26
306 Truman声明   1945/08/06
307 Stimson(ワシントン) 原子爆弾についての声明   1945/08/06
308 Geoffrey Parr(オックスフォード,イギリス) 「原子爆弾」   1945/08/07
309 原爆攻撃の結果   1945/08/07
310 「敵性情報」第3号   1945/08/07
311 原爆攻撃の結果   1945/08/08
312 「敵性情報」第4号   1945/08/09
313 Clement Attlee(ロンドン) 声明   1945/08/08
314 Voice of America(サンフランシスコ) 声明   1945/08/08
315 Vatican(ローマ) 原子爆弾の使用に対し   1945/08/08
316 Paul Tibbets大佐 広島を攻撃して   1945/08/08
317 「敵性情報」第7号   1945/08/08
318 「敵性情報」第9号   1945/08/08
319 「敵性情報」第11号   1945/08/08
320 「敵性情報」第12号   1945/08/08
321 「敵性情報」第13号   1945/08/08
322 「敵性情報」敵情第1号   1945/08/09
323 仁科芳雄のノート   1945/08/09–1946/03/01
324 日本帝国,連合国に申し入れ   1945/08/10
325 仁科芳雄 報告   1945/08/10
326 米・英・ソ・中国,日本政府に回答   1945/08/11
327 Clement Attlee(ロンドン) 声明   1945/08/12
328 ロイター通信 雑報「原子爆弾」   1945/08/12
329 仁科研究室   1945[月日不明]
330 K. T. Compton,東京へ   1945[月日不明]
331 『星条旗』記事   1945/10/30
332 木村一治(理化学研究所)他 原爆による放射能   1945/10/31
333 『ニッポン・タイムズ』記事   1945/11/01
334 風樹会  → 仁科芳雄 1945/12
335 Time紙 「サイクロトロン破壊は法外でおろか」   1945/12/03
336 『星条旗』記事   1945/12/03
337 『太平洋星条旗』Pacific Stars and Stripes記事   1945/12/04
338 『星条旗』記事   1945/12/04
339 都築正男(東京帝大医学部) → 仁科芳雄 1945/12/04
340 『星条旗』記事   1945/12/08
341 篠原健一(九州帝大) → 仁科芳雄 1945/12/22
342 篠原健一(九州帝大)ほか 長崎における放射能の測定   1945/12/23
343 篠原健一(九州帝大) → 仁科芳雄 1945/12/26
344 篠原健一(九州帝大) → 仁科芳雄 1945/12/31
345 『ニッポン・タイムズ』 Pattersonは占領業務を賞賛   1946/01/13
346 篠原健一(九州帝大) → 仁科芳雄 1946/01/25
347 木村一治(理化学研究所) 長崎,広島の原爆の中性子強度の比較   1946/02/08
348 仁科芳雄 → G. W. Fox(東京) 1946/03/09
349 Fox博士の秘書(東京) → 仁科芳雄 1946/03/11
350 仁科芳雄 「原子力の管理」   1946/04
351 終連政治部文教課長  → 仁科芳雄 1946/05/03
352 都築正男(東京帝大医学部) → 仁科研究室 1946/06/05
353 相原秀二(日本映画社) 科学記録映画「広島及び長崎」の制作   1946/06
354 相原秀二(日本映画社) キャプションの解説   1946/06
355 仁科芳雄 → H. C. Kelly(GHQ経済科学局科学技術課) 1946/07/07
356 仁科芳雄 → E. L. Moreland(MIT工学部長,マサチューセッツ州) 1946/07/15
357 E. L. Moreland(MIT工学部長,マサチューセッツ州) → 仁科芳雄 1946/08/05
358 東京帝国大学理学部教職員組合創立宣言草案   1947[推定]
359 仁科芳雄 → A. Longacre博士(オークリッジ研究所,テネシー州) 1947/01/03
360 仁科芳雄 履歴書   1947/01/14
361 仁科芳雄 → 太田 剛(中央公職適否審査委員会) 1947/06/03
362 仁科芳雄(理化学研究所・所長) → 各研究室主任 1947/06/14
363 仁科芳雄 → 平野力三(農林大臣) 1947/06/17
364 亀山直人(米国学術顧問団日本側委員会・学術研究会議) → 仁科芳雄 1947/07/22
365 内閣総理大臣  → 仁科芳雄 1947/11/21
366 仁科芳雄 → 風樹会 1947/12
367 盛永俊太郎(農林省農事試験場長) → H. C. Kelly(GHQ経済科学局科学技術課) 1947/12/02
368 H. C. Kelly(GHQ経済科学局科学技術課)   1948[月日不明]
369 株式会社理化学研究所事業目論見書   1948/02[日不明]
370 内閣総理大臣 片山哲 辞令   1948/02/26
371 株式会社・科学研究所創立記念式挨拶   1948/03
372 科学研究所運営方針に関する懇談等速記要録   1948/07/29
373 仁科芳雄 → H. C. Kelly(GHQ経済科学局科学技術課) 1948/09/03
374 仁科芳雄 「ユネスコと科学」   1948/11/17
375 H. C. Kelly(GHQ経済科学局科学技術課) → 仁科芳雄 1948/11/18
376 H. C. Kelly(GHQ経済科学局科学技術課) → 仁科芳雄 1948/11/26
377 仁科芳雄 → W. D. Coolidge(スケネクタディ,ニューヨーク州) 1948/12/16
378 H. C. Kelly(GHQ経済科学局科学技術課次長) 「日本の科学」   1949/01
379 J. W. O’Brien准将(東京,紀尾井町) → 仁科芳雄 1949/01
380 Roger Adams(イリノイ大学ノイズ研究所化学科主任) → 仁科芳雄 1949/01/31
381 Roger Adams(イリノイ大学ノイズ研究所化学科主任) → 仁科芳雄 1949/02/07
382 仁科芳雄 → M. Salvadori(UNESCO社会科学部,パリ) 1949/06/08
383 H. C. Kelly(GHQ経済科学局科学技術課) → 日本物理学会事務局(東大理学部,東京) 1949/06/11
384 M. Salvadori(UNESCO社会科学部,パリ) → 仁科芳雄 1949/06/21
385 仁科芳雄 → Samuel K. Allison(シカゴ大学原子核研究所) 1949/07/06
386 Samuel K. Allison(シカゴ大学原子核研究所) → 仁科芳雄 1949/07/19
387 H. C. Kelly(GHQ経済科学局科学技術課) → F. J. M. Stratton(ICSU事務局長,イギリス) 1949/07/23
388 堀内寿郎(北大触媒研究所) → 仁科芳雄 1949/07/26
389 仁科芳雄 → Roger Adams(イリノイ大学ノイズ研究所化学科主任) 1949/08/13
390 仁科芳雄 → 堀内寿郎(北大触媒研究所) 1949/08/16
391 渡辺重雄(ブラジル,学生) → 仁科芳雄 1949/08/20
392 仁科芳雄(日本学術会議) → H. C. Kelly(GHQ経済科学局科学技術課) 1949/09/07
393 Kuo Yu-Shou(UNESCO,アジア・極東顧問,パリ) → 仁科芳雄 1949/09/15
394 仁科芳雄(パリ) → 横山すみ,仁科雄一郎,仁科浩二郎 1949/09/21
395 Roger Adams(イリノイ大学ノイズ研究所化学科主任) → 仁科芳雄 1949/09/23
396 仁科芳雄(ロンドン) → 横山すみ,仁科雄一郎,仁科浩二郎 1949/09/26
397 仁科芳雄(カルカッタ) → 横山すみ,仁科雄一郎,仁科浩二郎 1949/09/29
398 J. D. Russell(連邦安全保障局・教育部,ワシントン) → 仁科芳雄 1949/09/30
399 E. A. Johnson(GHQ,東京)   1949/10/06
400 仁科芳雄 → Kuo Yu-Shou(UNESCO,アジア・極東顧問,パリ) 1949/11/28
401 Kuo Yu-Shou(UNESCO,アジア・極東顧問,パリ) → Lee Shi-mou 1949/12/19
402 嵯峨根遼吉(カリフォルニア大学) → H. C. Kelly(GHQ経済科学局科学技術課) 1949/12/23
403 E. L. Moreland(マサチューセッツ工科大学・副学長) → 仁科芳雄 1950/01/17
404 H. C. Kelly(GHQ経済科学局科学技術課) → 井上春成(工業技術庁長官)  1950/01/20
405 H. C. Kelly(GHQ経済科学局科学技術課) → 嵯峨根遼吉(サンフランシスコ) 1950/01/20
406 A. Longacre(イリノイ大学物理学教室) → 仁科芳雄 1950/01/24
407 E. Johns(GHQ経済科学局科学技術課) → 仁科芳雄(日本学術会議副会長) 1950/01/25
408 W. J. Allen(陸軍化学センター研究工学部,メリーランド州) → 仁科芳雄 1950/01/30
409 仁科芳雄 → S. K. Allison(シカゴ大学原子核研究所) 1950/02/04
410 仁科芳雄 → W. J. Allen(陸軍化学センター研究工学部,メリーランド州) 1950/02/13
411 仁科芳雄 → Harry C. Kelly(ペンシルヴァニア) 1950/02/13
412 仁科芳雄 → A. Longacre(イリノイ大学物理学教室) 1950/02/13
413 H. C. Kelly(ペンシルヴァニア) → 仁科芳雄 1950/02/17
414 仁科芳雄 → H. C. Kelly(海軍研究所,シカゴ) 1950/02/20
415 仁科芳雄 → J. D. Russell(連邦安全保障局・教育部,ワシントン) 1950/02/20
416 仁科芳雄 → S. Jefferies(GE,マサチューセッツ州) 1950/02/24
417 仁科芳雄 → W. D. Coolidge(スケネクタディ,ニューヨーク州) 1950/02/24
418 仁科芳雄 → 神近市子 1950/02/26
419 工業技術庁長官  → 仁科芳雄 1950/02/28
420 仁科芳雄(ハワイ) → 横山すみ,仁科雄一郎,仁科浩二郎 1950/03/03
421 仁科芳雄(サンフランシスコ) → 仁科浩二郎 1950/03/04
422 仁科芳雄(サンフランシスコ) → 横山すみ,仁科雄一郎,仁科浩二郎 1950/03/04
423 Merck & Co. (ニューヨーク)   1950/03/16
424 仁科芳雄(ロチェスター) → 横山すみ,仁科雄一郎,仁科浩二郎 1950/03/21
425 仁科芳雄(パサディナ) → 横山すみ,仁科雄一郎,仁科浩二郎 1950/03/29
426 仁科芳雄 「ラジオアイソトープが輸入されるまで」   1950/04/01
427 仁科芳雄 「アメリカ原子物理学者歴訪記」   1950/04/07
428 木村健二郎(東京大学)・三雲 昴(東京大学大学院) → 仁科芳雄 1950/05/01
429 R. L. Zwemer(米国学士院,執行秘書) → 仁科芳雄 1950/05/01
430 H. C. Kelly(海軍研究所,シカゴ) → 仁科芳雄 1950/05/02
431 仁科芳雄 → J. Thibaud(リヨン大学実験物理学研究所所長,フランス) 1950/05/08
432 経済安定本部総裁 吉田 茂 辞令   1950/06/08
433 J. Thibaud(リヨン大学原子物理学教室,フランス) → 仁科芳雄 1950/06/14
434 Harry C. Kelly(海軍研究所,シカゴ) → 仁科芳雄 1950/06/16
435 Harry C. Kelly(海軍研究所,シカゴ) → 仁科芳雄 1950/06/22
436 H. C. Kelly 原稿 日本の科学技術(未完)   1950/06/22
437 仁科芳雄 → Roger Adams(イリノイ大学ノイズ研究所化学科主任) 1950/06/28
438 仁科芳雄 → R. E. Gruber(Merck & Co. 副社長,ニューヨーク) 1950/06/28
439 仁科芳雄 → H. C. Kelly(海軍研究所,シカゴ) 1950/06/28
440 仁科芳雄 → A. N. Richards(米国学士院) 1950/06/28
441 仁科芳雄 → L. Wilkinson(ニューヨーク) 1950/06/28
442 H. C. Kelly(イリノイ州スコーキー) → 仁科芳雄 1950/07/06
443 Roger Adams(イリノイ大学ノイズ研究所化学科主任) → 仁科芳雄 1950/07/11
444 A. N. Richards(ペンシルヴァニア大学) → 仁科芳雄 1950/07/14
445 仁科芳雄 → 関戸弥太郎(名古屋大学) 1950/07/21
446 仁科芳雄 「原子力と世界平和」   1950/08
447 仁科芳雄 → R. Fraser(UNESCO,パリ) 1950/08/27
448 仁科芳雄 → Roger Adams(イリノイ大学ノイズ研究所化学科主任) 1950/09/18
449 仁科芳雄 → C. R. Addinall(Merck & Co., 外国科学支配人,ニューヨーク) 1950/09/18
450 仁科芳雄 → R. E. Gruber(Merck & Co. 副社長,ニューヨーク) 1950/09/18
451 Roger Adams(イリノイ大学ノイズ研究所化学科主任) → 仁科芳雄 1950/09/22
452 仁科芳雄 → J. H. Lawrence(カリフォルニア大学医学物理研究所) 1950/09/25
453 仁科芳雄 → Roger Adams(イリノイ大学ノイズ研究所化学科主任) 1950/09/27
454 Harry C. Kelly(イリノイ州スコーキー) → 仁科芳雄 1950/09/27
455 仁科芳雄 → L. Wilkinson(ニューヨーク) 1950/09/27
456 R. E. Gruber(Merck & Co. 副社長,ニューヨーク) → 仁科芳雄 1950/09/30
457 Roger Adams(イリノイ大学ノイズ研究所化学科主任) → 仁科芳雄 1950/10/02
458 J. H. Lawrence(カリフォルニア大学医学物理研究所) → 仁科芳雄 1950/10/02
459 仁科芳雄 → Roger Adams(イリノイ大学ノイズ研究所化学科主任) 1950/10/03
460 E. H. Blake(Merck & Co., ニューヨーク) → 仁科芳雄 1950/10/03
461 仁科芳雄 → Roger Adams(イリノイ大学ノイズ研究所化学科主任) 1950/10/16
462 Roger Adams(イリノイ大学ノイズ研究所化学科主任) → 仁科芳雄 1950/10/24
463 E. L. Bowles(マサチューセッツ工科大学電気通信) → 仁科芳雄 1950/10/25
464 Harry C. Kelly(イリノイ州スコーキー) → 仁科芳雄 1950/10/26
465 仁科芳雄 → E. L. Bowles(マサチューセッツ工科大学電気通信) 1950/11/04
466 Harry C. Kelly(イリノイ州スコーキー) → 仁科芳雄 1950/11/06
467 仁科芳雄 → Harry C. Kelly(イリノイ州スコーキー) 1950/11/15
468 Harry C. Kelly(イリノイ州スコーキー) → 仁科芳雄 1950/11/21
469 R. Fraser(UNESCO,パリ) → 仁科芳雄(日本学術会議) 1950/11/23
470 仁科芳雄 「第2回訪米のための説明書」   1950/12
471 W. J. Robbins(ニューヨーク植物園園長) → H. C. Kelly(イリノイ州スコーキー) 1950/12/01
472 仁科芳雄 → Harry C. Kelly(イリノイ州スコーキー) 1950/12/01
473 Harry C. Kelly(海軍研究所,イリノイ州スコーキー) → 仁科芳雄 1950/12/06
474 Harry C. Kelly(イリノイ州スコーキー) → 仁科芳雄 1950/12/11
475 仁科芳雄 → Harry C. Kelly(イリノイ州スコーキー) 1950/12/12
476 Harry C. Kelly(イリノイ州スコーキー) → 仁科芳雄 1950/12/20
477 Irene Kelly(イリノイ州スコーキー) → 仁科芳雄 1950/12/20
478 Irene Kelly(イリノイ州スコーキー) → 仁科芳雄 1950/12/31
479 Harry C. Kelly(イリノイ州スコーキー) → 仁科芳雄 1950/12/31
480 Harry C. Kelly(イリノイ州スコーキー) → 仁科芳雄(千代田区,胃腸病院) 1951/01/02
481 Harry C. Kelly(イリノイ州スコーキー) → 仁科芳雄(東京,内幸町,胃腸病院) 1951/01/04
482 E. Fermi(シカゴ大学) → 仁科芳雄 1951/01/09
483 朝永振一郎(東京教育大学) 「巨頭倒る」   1951/01/11
484 W. J. Allen Jr.(陸軍大佐,ヴァージニア州) → 仁科芳雄 1951/02/07
485 横山すみ(仁科の秘書) → W. J. Allen Jr.(陸軍大佐,ヴァージニア州) 1951/02/27
486 E. O. Lawrence(カリフォルニア大学) → 阪谷希一(科学研究所社長) 1951/05/23
487 科研小サイクロトロン再建問題の経過   1951/06/29
488 科学研究所 サイクロトロン建設計画   1951/10/13
489 玉木英彦 → 日野川静枝 1982/09/25
490 玉木英彦 → 日野川静枝 1993/09/04

[付録]現代物理学の父 仁科芳雄 (中根良平)

解説 研究と経営と (江沢洋)
書簡・文書執筆者リスト
人名索引
事項索引

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