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『仁科芳雄往復書簡集』補巻
現代物理学の開拓 1925-1993
中根良平・仁科雄一郎・仁科浩二郎・矢崎裕二・江沢洋編
本書は『仁科芳雄往復書簡集 補巻――現代物理学の開拓 1925-1993』というタイトルである。しかし、2006/07年に刊行した『全3巻』ともども、収録されている書簡の多くは個人的な交信の域をはるかに超えた質を有し、さらに書簡以外の文書・論考・講演・資料も数多く採用し、そのうえ、その一点一点の意味や背景を記した周到な注が付された、この分野ではまさに画期的な資料集となっている。
湯川秀樹の中性子発見のプロセスが手にとるようにわかる書簡のやりとりや論文(第2巻収録)などは、物理学を学ぶ者にとっては宝物であろう。しかし、それ以上におそらく重要なのは、仁科芳雄が中心課題としていた宇宙線研究、サイクロトロン建設、さらに核物理学などを推し進めるためには、一個人の才能や努力では達成できない経済力・組織力・技術力が不可欠であり、時代の要請につねに関わらざるをえないこと(その最たる一例はマンハッタン計画であろう)を、一次資料に依拠したこの『往復書簡集』が明らかにしている点である。これまでの『物理学史』や『科学史』と一味ちがうゆえんであり、少なくとも20世紀以降の物理学史・科学史・技術史をこれから描くには、実験に必要な部品のやりとりや細部の相談、価格交渉から国家の科学技術政策・教育政策との関係、海外の研究所や企業との競争・協力関係などを具体的に記したこの『往復書簡集』の存在を無視できないだろう。
とりわけ『補巻』の特徴となるのは、日本の原爆開発の一端をしるす仁科芳雄・矢崎為一「核分裂によるエネルギーの利用」(1943)や、「トルーマン声明」など広島・長崎への原爆投下と敗戦前後の「敵性情報」に関する文書、1945年8月9日から1946年3月にいたる「仁科芳雄のノート」などであろう。これらは原爆と「終戦」をめぐる第一級の資料であり、今にいたる原子力問題のあり方の全貌も、ほぼ出揃っている。
「仁科が戦争中から戦後にかけて日本国民に放送や雑誌を通してどう呼びかけていたかもたっぷり収めた。仁科は戦争中にも、いろいろ衣をまぶしながらではあるが、一貫して基礎科学を捨てるなと叫んでいた。Trumanは、広島に原爆を落としたときから原子力の国際管理を言っていたが、仁科も戦後くりかえしてその重要性を言っている」
(江沢洋「はじめに」より)
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