「みすず書房」ページ内リンク

  1. 「メインメニュー」へ移動
  2. 「みすず書房の本の検索メニュー」へ移動
  3. 「本文」へ移動
  4. 「サイト利用ガイド」へ移動



判決

LA SENTENCE suivi de J’ETAIS ET JE N’ETAIS PAS


本書は1970年代半ば、ジュネがひとまとまりのものとしてガリマール社に託した2種の原稿「判決」「私はいた、そして私はいなかった」からなり、生誕100周年のおりに刊行された。なぜこれまで公表されなかったかは不明だが、1974年ごろ、たしかにジュネはこんなふうに語っていた。
「私は私の人生について本を書いている。日本に行った旅の話で始まる。(…)私は複雑で入念な形式を選んだ。中央にひとつのテクストがあり、それはそれで続いていくが、余白には別のテクストがいくつもあって、中央のテクストを中断し、延長し、豊かにしていく」(ワンヌース「伝説と鏡のかなたに」鵜飼哲訳)
まさに本書はそのように始まる。そして作家自身の指定による特殊な組版(デリダに『弔鐘』を着想させた1967年のレンブラント論の発展型)や交替する黒赤2色の文字の連なりによって、サルトルの予言をなぞるかのごとくマラルメ「イジチュール」に比すべき思考実験が展開していくのである。遺作『恋する虜』のプロトタイプでありつつも、まったく独自の高密度結晶体。「犯罪者」ジュネ総決算の書にして、パレスチナをはじめ世界の抵抗運動に同伴する「証言者」ジュネを始動させた詩的かつ思想的テクストである。装幀・菊地信義。


目次


判決
私はいた、そして私はいなかった

訳注
パガニスムについて  宇野邦一


著訳者略歴

ジャン・ジュネ
Jean Genet

1910年、パリ生まれ。翌年、母により児童養護施設救済院に遺棄され、里親のもとで育てられる。幼少期より非行を繰り返し、26年、メトレ矯正訓練所に収監される。29年、志願兵として中東、マグリブ方面に駐屯。 ...続きを読む »

※ここに掲載する略歴は本書刊行時のものです。
宇野邦一
うの・くにいち

1948年、島根県生まれ。京都大学文学部卒業後、パリ第8大学に学び、文学科で修士論文を、哲学科で博士論文を執筆。立教大学現代心理学部映像身体学科教授。 ...続きを読む »

※ここに掲載する略歴は本書刊行時のものです。

書評情報

<2012年10月28日(日):毎日新聞>
鈴木創士(フランス文学)
<2012年12月22日:図書新聞「2012年下半期読書アンケート」>
鈴木創士(フランス文学)
<2013年1月12日:図書新聞>
小倉孝誠(慶應大教授・フランス文学)
<2013年1月13日(日):北海道新聞>

関連リンク

この本の関連書


「判決」の画像:

判決

「判決」の書籍情報:

A5判 タテ210mm×ヨコ148mm/96頁
定価 4,104円(本体3,800円)
ISBN 978-4-622-07673-5 C0097
2012年10月23日発行

この本を購入する