みすず書房

〈《第九交響曲》第四楽章の、聴く者を熱中させる英雄的な響きそのものの中に、不吉なものが潜んでいる。このことはベートーヴェンに限らない。たとえばバッハの《受難曲》は限りなく崇高であるが、それだけ危険なのである。ワグナーの音楽から感銘と陶酔を得る方法は、その長大な「無限旋律」の「うねり」に身をゆだねてしまうことだ。だが、その陶酔は危険である。アウシュヴィッツ以後の音楽は、陶酔と覚醒の間に宙づりにされた居心地の悪さを受け入れることを私たちに求めている〉

幼時から少青年時代のクラシック音楽との出会い、母や家族や友人のこと、さらにパートナーとともに出向いた数々のコンサート、ザルツブルク音楽祭、マーラーやシューベルト、そして尹伊桑について… 時代と土地と文献を縦横にわたりながら、音楽という鏡に映して自分自身を省みた、徐京植の最新エッセイ集。

目次

はしがき

プロローグ 序曲
音楽は危険だ
性の目覚め、音楽の目覚め
年上の女
幼い頃
初恋
あるチェリストの思い出
レクイエム
音の世界、色を楽しむところ
西ベルリン
「向こう側」に流れる音響—— 2010年ザルツブルク音楽祭 1
伝統に根ざすピアニスト——2010年ザルツブルク音楽祭 2
保守派の巻き返し——2010年ザルツブルク音楽祭 3
ラトルの華麗な挑戦——2010年ザルツブルク音楽祭 4
「頭髪が薄くなってかわいそう……」——2010年ザルツブルク音楽祭 5
死は冷たい夜——2010年ザルツブルク音楽祭 6
傷ついた龍——尹伊桑 1
草津国際アカデミー——尹伊桑 2
焔に包まれた天使——尹伊桑 3
天に昇った龍——尹伊桑 4
忘れることは人生の幸福——ウィーンの冬 1
微笑みの国——ウィーンの冬 2
モーツァルトが投げ込まれた穴——ウィーンの冬 3
《魔笛》——ウィーンの冬 4
マーラーの墓(前)——ウィーンの冬 5
マーラーの墓(後)——ウィーンの冬 6
ルツェルン音楽祭——マーラーの扉が開いた 1
トリプシェン散策——マーラーの扉が開いた 2
こんなところで音楽なんて——音楽という暴力 1
耳にはまぶたがない——音楽という暴力 2
死に向かう旅(前)——シューベルト 1
死に向かう旅(後)——シューベルト 2

エピローグ——ザルツブルクの黄昏

付録 私とFのベストスリー

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