みすず書房

「読み始めて、息をのむ。面白い。間違いなく、ワクワクするほど面白い本である。問題は、この痛烈な面白さをどう伝えたらいいのかということだろう……私はこの本を本棚の、サイードの『オリエンタリズム』とアンダーソンの『想像の共同体』の隣りに並べることにした」
「ずっと昔の人の伝記を読むときには、安心感というのか、奇妙な優越感というのか、何かそうしたものがあって、なんとなく心のゆとりがもてるものだ。だが、生きた時代が自分と重なり合う誰かの伝記となると、そうもいかない」
「不快な本である。著者は〈ヨーロッパ最高の知性〉ということで、博学卓識、毎日2時間半の睡眠で、好物のチョコレートを大量に食べながら執筆活動に従事……だとすれば、この本は睡眠不足から来る産物ということなのか」
「読み終えて……絶句。こんな書き出しは書評にふさわしくないことくらい承知しているものの、それでもそう書いてみたくなるほど面白い本である」

すてきな書評の条件はいろいろあるだろうが、まずは〈書き手の芸〉によって決まる。読者を引き寄せる出だしの文句、勢いのある優雅あるいは辛辣な口調。思わず本に手が伸びるようなのがいい。そうしたブリリアントな110本を超す書評に加え、本をめぐるエッセイ、文化・思想史に作家論を併収した大入り袋。

目次

I 本を読む? 図書館で?
図書館での読み方
書庫にカプセル・ホテルを
研究室は雑然としている方が
全集と私
19世紀イギリスの挿絵付き雑誌
本の宴の伝統

II 短評大会
文化史とは何か/阿片帝国・日本/タウトが撮ったニッポン/もうひとつの国へ/ミネラルウォーター・ガイドブック/メロンパンの真実/インスタントラーメン発明王/安藤百福かく語りき/長生きする入れ歯/老人介護 じいさん・ばあさんの愛しかた/目にあまる英語バカ/失われた場を探して——ロストジェネレーションの社会学
   *
魔法の庭/チェコスロヴァキアめぐり/父のトランク/カリブ海のオデッセイ/野獣から美女へ/スルタンの像と少女/サイのクララの大旅行/ダーウィンの珊瑚/牛の歴史/トーヴェ・ヤンソンとガルムの世界/パリの古本屋から見る現代文化(『シェイクスピア&カンパニー書店の優しき日々』)/パブリッシャーとは何なのか/世界を動かした21の演説

III 時空をつなぐ
1 全体的な眺め
アイデンティティの呪縛を解く/『聖書』の雲からベトナム戦争の飛行機雲まで/老年期の多様性を求めて/交錯する疫病、戦争、差別/50年後には「超民主主義」が勝利?/大胆に探り当てた革命の法則(家族制度の歴史)/面白い所を読み、いろいろと活用

2 英国
世界を支配する「傲慢」な言葉/知的な美、ユーモア、愛の詩/諷刺とイデオロギー/雑然とした18世紀の英国/啓蒙的合理主義とは違うもうひとつの世界/教育と読み書きをめぐる思想と歴史/作家の生きた錯綜するイギリス社会/経度の測り方——18世紀西欧の科学の変貌/「旅の文明」と異文化交流/18世紀の女性旅行記の凄さ/奴隷制の検証/生涯抱き続けた黒人奴隷解放への関心/進化論と人類学——19世紀英国の二つの足跡/売春、殺人、マンガ——これも19世紀英国の姿/変人たちのロンドン/ドイル史観「悪は亡び、正義は勝つ」/虚実を交えたケタ違いの面白さ/殺人事件から推理小説へ/そんなドイルの母への書簡集/一種のぬるま湯状態/多様化し、単純化する愛のかたち/「怒り」に発する平和への洞察/旅の楽しさと、学問的探究と/建築にかかわった神父らの物語/『超哲学者マンソンジュ氏』/スコットランドのポストモダン小説/美容ビジネスの遺産が作家を支えた/200年の「使用人文化」をたどる/ヴィクトリアから現女王への100年計画

3 フランス
革命前夜ポルノはどう読まれたか/第一級の素材から正統派に物申す/警察の捜査法の歴史/悩みと苦しみの自伝的エッセイ

4 ドイツ
『新ロビンソン・クルーソー』——改作から漂う皮肉/国により異なる政治利用、悪用の歴史/ネタの百科全書 成熟した読みの妙/19世紀ドイツのアメリカ移住熱/60年代の知的ヒーローの評伝二冊

5 イタリア・スペイン
文化遺産を守る少し複雑な哲学/托鉢修道士が説いた資本論/9・11のもとに浮上した輝ける700年/ウンベルト・エーコの奇蹟の推理小説/メディチ家を演出した画家の伝説/傑作ドタバタ劇/憂国の天才詩人——漱石・芥川も注目/過去への海外旅行/歴史家の洞察、歴史学の原点/最後の言葉

6 北米
知られざる19世紀の米文学/「移住」の現実をえぐる二つの小説/リンカーンは黒人選挙権に反対だった/意表突く黒人の系譜と「女性の異性装」/差別と文化はどう結びつくか/「熱狂としての読書」の入門と実践/見事な刺戟力——事典のもつ力/知的接触の熱気——米仏の現代思想/アメリカへの冷静な眼

7 南米
キリスト教とコロニアリズム/「多文化社会」をふまえた批評と世界史/米中心とは違うグローバリズム/平凡な青春放浪から強靱な革命家へ(チェ・ゲバラ)/植民地とナチスのあとの人生は……/想像を超える巨大な画家の全貌/いじましい人々の精力的な喜劇/移民をかかえた現代文明/故郷ハイチへの想い——小説と地震/冷たい床の上で

8 アフリカ・中近東・アジア
『世界中のアフリカへ行こう——〈旅する文化〉のガイドブック』/類例なきポストモダン/イスラムと西欧の交錯する小説/多言語状況下の謎解き/歴史と宗教の中を巡る思想の旅/インド洋の政治経済史/ポル・ポトによる虐殺のグローバルな背景/多民族、多文化のオーストラリアの文学

9 日本
『平家物語』を語る琵琶法師/聞き上手が引きだす能・狂言の魅力/19世紀英国美術の日本ブーム/「犬」でたどる驚きの植民地史/日本人は外地でどう公権を得たか/1968年——40年後に検証された特別な年/独創的な読書案内/「知恵」を語る言葉のおだやかさ/現場発、歴史の証言/モノと文化の成功物語——『いいちこ』の秘密/築地市場とは何か

IV ダーウィン、漱石、その他
笑いとほほえみ
恐怖を舞台に
顔、顔……顔——ダーウィンのもうひとつの顔
漱石と英吉利、どのイギリス?
近代小説、どこが?——『明暗』論

あとがき 

書評情報

丹治愛(法政大学教授)
英語年鑑2014(2014年1月)

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