みすず書房

本書が考察の対象にするのは第一次大戦後の世界である。それまでの国際社会を律してきた原理原則が大きな転換を迫られるとともに、日本国内の体制にもそれに見合う変革が求められた時代、大正デモクラシーから昭和ファシズムへの時期にあたる。この大きな変動のなか、政治家、官僚、軍人、国家主義者、そして天皇や元老、側近奉仕者たちは何を感じ、どのように考え、活動していたのか。
本書は、裕仁親王の結婚をめぐる「宮中某重大事件」はじめ皇室と政治家のやりとりを描く「第一部 昭和天皇(皇太子裕仁親王)をめぐる人々」、浜口雄幸の人と生涯を中心に置いた「第二部 浜口雄幸の虚像と実像」、田中義一、宇垣一成、幣原喜重郎、小磯国昭などの政治家や内田良平を評伝風にスケッチした「第三部 大戦間期に躍動した人々」から構成され、細部を通して時代の意味をさぐる本になっている。『大戦間期の日本陸軍』(2000)を継ぐ、著者の第二作。

目次

はじめに

幣原外交の時代——序にかえて
1 幣原外交の理念を軸とする1920年代
2 第一次世界大戦後の国際関係の変化
  1 新しい普遍主義的外交理念の登場とその実体化の模索/2 国際総力戦という新しい戦争形態の登場とそれへの備えの必要/3 幣原外交の抱えていた難問
3 第一次世界大戦後の国内環境の変化

第一部 昭和天皇(皇太子裕仁親王)をめぐる人々
第1章 裕仁親王の外遊と結婚
はじめに
1 皇太子教育をめぐる諸相
  1 大正天皇の病状の進展/2 皇太子教育への批判/3 「身」としての統治権者の資質の重要性/4 天皇統治のあり方
2 宮中某重大事件をめぐる諸相
  1 事件の発端/2 久邇宮への婚約内定辞退勧告/3 久邇宮の山県への反撃/4 事件の拡大/5 山県たちの挫折/6 事件のその後/7 純血論と人倫論——国体論の二側面
おわりに
第2章 裕仁親王の結婚に躊躇する貞明皇后——宮中某重大事件のその後
  1 結婚の勅許まで、なぜ長い時間がかかったのか/2 純血論の正当性/3 貞明皇后の久邇宮邦彦王にたいする強い懸念と心証の悪さ/4 婚約破棄を模索する原首相
第3章 昭和天皇の二度にわたる田中首相叱責と鈴木貫太郎——満州某重大事件をめぐって
はじめに
1 田中義一首相にたいする二度の叱責——六月二七日と二八日
2 六月二八日の叱責の重要性が見過ごされてきた理由
3 二度目の叱責の背景と鈴木侍従長の役割——天皇・侍従長・内大臣の合意
おわりに
第4章 昭和天皇の浜口首相にたいする好意的思召——宮中減俸問題をめぐって
  1 浜口雄幸首相による官吏減俸案の提議/2 減俸案へのはげしい反対と撤回/3 昭和天皇の気遣いと鈴木侍従長による説得工作/4 浜口首相の感謝、そして田中前首相との違い
補遺 書評『昭和初期の天皇と宮中——侍従長河井弥八日記』第一巻 高橋紘・粟屋憲太郎・小田部雄次編

第二部 浜口雄幸の虚像と実像
第1章 浜口雄幸——その人と生涯
  一 浜口雄幸略伝
  二 収録史料について
  1 『浜口雄幸日記』『軍縮問題重要日誌』/2 『随感録』/3 補遺
第2章 加藤高明、浜口雄幸と土佐
第3章 浜口雄幸の「清廉潔白」さ——そのイメージをめぐって

第三部 大戦間期に躍動した人々
第1章 田中義一——陸軍大将から政党総裁へ、「状況創出」のおらが宰相
  1 「決して一介の武弁ではない」/2 非エリートの学僕から軍人生活へ/3 状況創出型の改革者として/4 政党との対立から接近へ/5 総力戦の衝撃を受けて/6 大きな野望を抱いて/7 慨嘆、そして叱責
第2章 宇垣一成——総理の座を?み損ねた「政界の惑星」
  1 「政治史そのもの」の経歴/2 「帝国の運命盛衰は繋りて吾一人にある」/3 「宇垣軍縮」で発揮された政治的手腕/4 大命降下されるも、陸軍の反発で拝辞/5 国民の期待を背景にした宇垣擁立工作/6 「しゃにむに、機を逸せず、気楽にやるさ」
第3章 幣原喜重郎——国益を踏まえ、理想の灯を掲げた現実主義者
  1 「一身で二生を生きた人物」/2 華麗な閨閥を頼らない清廉さ/3 「外交官の神髄」を体得/4 外交政治家への飛躍/5 賞賛と試練の幣原外交/6 マッカーサーが寄せた信頼と敬意
第4章 森恪——実業界から政界へ、異彩を放つ国家本位の政治家
  1 東亜新体制の先駆者/2 親元を離れ、自立心を培った幼少時代/3 大志の舞台は中国大陸/4 「政治的権勢」に傾倒し、みずから政界へ/5 政党政治家と国家主義者とのあいだで/6 東洋モンロー主義へと先鋭化/7 見果てぬ夢を追い求めて
第5章 小磯国昭——国務と統帥の調和を求め、休戦和平を模索した武人宰相
  1 重臣会議での消去法による人選/2 中国通の軍人として/3 総力戦時代の到来に、いち早く着眼/4 宇垣陸相に疎まれた武人肌/5 「戦争指導」をめぐる統帥部との確執/6 和平工作への努力と挫折
第6章  竹下勇——皇太子外遊に供奉した海軍軍人
  1 軍令部次長時代(1918年6月—1920年9月)/2 国際連盟海軍代表時代(1920年9月—1922年5月)/3 第一艦隊兼連合艦隊司令長官、呉鎮守府司令長官時代(1922年7月—1925年4月)/4 軍事参議官時代(1925年4月—1929年11月)
第7章 内田良平——「国士」の憂国
補遺 書評『松本学日記』伊藤隆・広瀬順皓編
補遺 書評『石射猪太郎日記』伊藤隆・劉傑編

あとがき
人名索引

書評情報

信濃毎日新聞
2013年3月10日
古川隆久(日本大学文理学部教授)
図書新聞2013年4月13日(土)
荒船俊太郎(横浜市立大学非常勤講師)
日本歴史2014年3月

関連リンク