みすず書房

サミュエル・ピープスという名前が出ると、まずは海軍関係の業者からの賄賂受領や手近な女性へのセクシュアルな言動が話題になる。しかし、彼の実際の全体像はいかなるものだったのか?
「このような評判とは別に、彼の真価は海軍官僚としての抜群の働きにある……『日記』では、彼が朝夕に体験する身近の些細な出来事と感懐を通じて、変革の時代の大きな動きが読者に伝わってくる。歴史のなかでの小事と大事との相互作用の妙味が極上の面白さをかもしだすのである……瑣事の連鎖が国の大小の意志決定に繋がる可能性は否定できない。出世が大事の官僚が直面する瑣事にあふれる『日記』のテクストと、その行間を読むことで、彼の生涯と歴史の接点を観察し、推測して、一つの物語(ナラティヴ)を組み立ててみたい、それが私の目標である。」

ピープスの『日記』を開き、暗号によって書き記された〈秘められた〉事柄を覗き見するのも愉しい読書ではあろう。しかし、それだけでは一面的に過ぎる。錯綜した王政復古劇の内幕や宗教・宗派の対立に疫病の大流行、オランダとの海戦の敗北、議会での流暢な答弁、熾烈な出世競争などなど——歴史の転換期たる17世紀英国にあって、彼はきわめて有能な海軍官僚としてその責を十二分に果たした。飽くなき好奇心と抑えがたい欲求に満ちた自由人、実務に精通した勤勉なる官僚という、多面的かつユニークな人物の生活と業績を、著者は『日記』からみごとに読み解いてゆく。自らの戦争体験と大学改革の経験を踏まえて考察した、興味津々たる歴史=物語の力作。

目次

はじめに
1 『日記』のはじまり
2 オランダへの航海とチャールズの帰国
3 海軍書記官就任とその仕事
4 宗教・宗派と政治問題
5 実務学習とオランダびいき
6 英蘭開戦と敗戦処理
7 チャタムの敗戦と責任追及
8 各種委員会への対応と海軍改革
9 1668年3月5日の議会の質疑応答

あとがき
ピープス『日記』年表
主要文献表

書評情報

出版ニュース
2013年7月下旬号
紀田順一郎
本の雑誌「2013年私のベスト3」2014年1月号

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