みすず書房

著者「あとがき」より  

「奇跡」というのは、めったにない稀有な出来事というのとはちがうと思う。それは、存在していないものでさえじつはすべて存在しているのだという感じ方をうながすような、心の働きの端緒、いとぐちとなるもののことだと、わたしには思える。
日々にごくありふれた、むしろささやかな光景のなかに、わたし(たち)にとっての、取り換えようのない人生の本質はひそんでいる。それが、物言わぬものらの声が、わたしにおしえてくれた「奇跡」の定義だ。
たとえば、小さな微笑みは「奇跡」である。小さな微笑みが失われれば、世界はあたたかみを失うからだ。世界というものは、おそらくそのような仕方で、いつのときも一人一人にとって存在してきたし、存在しているし、存在してゆくだろうということを考える。
「われわれは、では、何にたよればいいのか? われわれが真なるものと、虚なるものとを弁別するのに、感覚よりたしかなものがあるだろうか?」(ルクレティウス「物の本質について」)

[本書は、第55回毎日芸術賞を受賞しました]

目次

幼い子は微笑む
ベルリンはささやいた
ベルリンのベンヤミン広場にて
ベルリンの本のない図書館
ベルリンの死者の丘で
夏の午後、ことばについて
夕暮れのうつくしい季節
花の名を教えてくれた人
空色の街を歩く
未来はどこにあるか
涙の日
この世の間違い
人の権利
おやすみなさい
猫のボブ
幸福の感覚
晴れた日の朝の二時間
金色の二枚の落ち葉
Home Sweet Home
北緯50度線の林檎酒
ロシアの森の絵
徒然草と白アスパラガス
ときどきハイネのことばを思いだす
ウィーン、旧市街の小路にて
the most precious thing
賀茂川の葵橋の上で
良寛さんと桃の花と夜の粥
いちばん静かな秋
月精寺の森の道
奇跡—ミラクル— 

詩注
あとがき

毎日芸術賞受賞

第55回毎日芸術賞〈文学 II 部門(詩・短歌・俳句)〉受賞。選評(篠弘)に、こうあります。「時代に対する批評眼を潜在させながら、自己の内面を抉り、平明でやわらかな詩性が一貫する。詩の本質を問う詩集。(…)魅力ある言葉によって、人間の深処からの声を探る詩人。現代詩の広がりをもとめ、日本語の浄化をはかる営為に、心より敬意を表したい。」

書評情報

松山 巖(評論家・作家)
読売新聞2013年8月11日(日)
城戸朱理(詩人)
毎日新聞2013年8月22日(木)

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