みすず書房

20世紀は全体主義を生み、かつ生み続けた時代である。それは三つの形態をとって現れた。最初は「戦争の在り方における全体主義」として、ついで「政治支配の在り方における全体主義」として、そしてそれは「生活様式における全体主義」として登場した。「安楽」への全体主義である。
著者は、『精神史的考察』以後の80年代、人類史的問題群と20世紀における「受難」経験と現代日本社会論とを貫通する立体的構造を明らかにすることを、残された時間でなされねばならぬ思考課題と考えた。ここには、その探求の過程を示す諸篇が収録されている。
著者の眼には、人類は「最後の経験」、あるいは「経験の消滅」を経験しつつある、と映じた。未知の、潜在的に脅威をもたらすような経験を回避しようとする現代日本社会の心性、「安楽への自発的隷属」はいかにして生まれるのか。高度成長、バブル崩壊後の変質あるいは変貌という以上の「断絶」を生じた日本社会を、人類史と20世紀史への深い洞察のまなざしで見据える。
「断絶の場所こそわが棲み家」とする著者最後のメッセージ。

[単行本『全体主義の時代経験』初版1995年、『藤田省三著作集』第6巻『全体主義の時代経験』初版1997年。本書は後者を底本としています]

目次


精神の非常時
今日の経験——阻む力のなかにあって
ナルシズムからの脱却——物に行く道
「安楽」への全体主義——充実を取戻すべく
全体主義の時代経験
現代日本の精神
マルクス主義のバランスシート
三つの全体主義の時代
小さな希望の種子——1996年「みすず」読書アンケート
金山叙事詩序曲について——その一解釈

解題

書評情報

鷲田清一
朝日新聞「折々のことば」2016年6月11日